努力で身につく力、受け身では身につかない力

内藤俊昭
内藤俊昭(ないとう・としあき)
1952年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。大手進学塾を経て、1987年、東京・代々木に国語専門塾「内藤ゼミ」を開設。「言葉を大切にすること」「自分で考えて表現すること」を教え約40年。国語が苦手な中学受験生だけでなく、国語力をつけたい小学生の駆け込み寺のような存在として、人気を集める
(写真は本人提供)

最近の中学受験では、すべての教科において「問題を読み取り理解する力」の必要性が増している。「国語力」について、1987年から国語専科教室「内藤ゼミ」を運営する内藤俊昭氏は、「国語力には、思考力・読解力・文章力・語彙力など、さまざまな能力が含まれています。中心となるのが思考力で、すべての土台として必要なのが語彙力。そこに読解力や文章力が加わることで学力が上がると考えています」と語る。

「中でも文章力は、まねることで育ちます。難しい言い回しを作文に使おうとするのは、文章力が伸びる前兆。例えば小学校中学年くらいの子が、『○○と言わざるを得ない』を『言わざるおえない』と書くことがありますが、これはどこかで耳にした言葉をまねしている証拠です。間違いがあっても、その意欲を認めてあげましょう」

また、「語彙力は努力次第で必ず伸びる」と内藤氏。語彙力を増やすタイミングは早ければ早いほどよく、学習におすすめなのは4コマまんがの『ことわざ辞典』だという。例えば“目がない”という慣用句は本来人間には使わないが、「目がない=大好き」と覚えてしまうと、「僕はクラスの○○さんに目がない」と誤用してしまう。その点、まんがなら食べ物などのイラストと共に解説されるので、正確な使い方が自然と頭に入る。

「すき間時間に読むだけで、間違いなく語彙力アップにつながります。中には人気キャラクターのシリーズもあるので、子どもが喜びそうなものを選んでみてください」

語彙力が努力で伸びる一方で、内藤氏は「思考力は別物。子どもが受け身では伸びませんし、親は見守ることしかできません」と断言する。

「思考力はいわば『賢さ』です。脳は自分で積極的に考えたときに活発に動くため、親が『考えなさい』と促しても仕方ありません。親や教師が『こうでしょ』『こうやるのよ』とすべて教えながら指導するのは、腕を引っ張って無理やり登山させるのと同じです。思考力をつけるには、子どもが思考するのを「待つ」しかありません。子どもはそれぞれ伸びる時期が違います。中学受験前までに伸びなかったのならば、その子が伸びる時期は高校受験のタイミングかもしれません」

勉強は楽しいだけでなく、苦しい部分もある。40年以上子どもたちを見続けてきた内藤氏は、「物事に集中できる子は成績が伸びる」ということを実感しているという。中学受験を乗り切るには、学力以前に「意欲」や「忍耐力、持続力」がカギとなるそうだ。

「内藤ゼミでは、小3から小4あたりで漢字の問題を一気に100題解く機会を設けています。黙々と100題書き切れるのは、20~30人のなかでせいぜい2、3人。この1割の子たちは中学受験をはじめ、高校や大学受験でも非常に優秀な成績を収めているのです」

一方で、集中力が続かず10題解くのも難しい子もいる。一度消しゴムを使うと、そこから消しかすで遊び始めたり、机に置いた鉛筆をいじり始めたりするのだ。

「家庭では、まず30題を集中できるかどうかを試してみるといいでしょう。最後まで鉛筆を置かずに解けたらすばらしいです」と内藤氏。

国語の点数を上げるための「読解問題の解き方」とは

大手塾の国語のテストで点数が取れなかった場合、試験時間に原因があることが多いという。

「大手塾のテストは、実際の入試より時間が短く問題も難しい。現在は入試より10分短い程度ですが、50分の試験を30分で解かせていた時期もありました。しかし時間が足りないからといって、急いで問題文を斜め読みして問いに進むのはおすすめできません。やはり文章はじっくり読み、別のところで時間短縮を図るように心がけてほしいです」

では、論説文と物語文で解き方に違いはあるのだろうか。

「論説文や説明文は、段落の初めや終わりの『まとめ』となる部分、つまり具体語ではなく抽象語が目立つ部分に注目しながら読み進めることが大切です。そして、難しくても飛ばさず問1から順番に解いていきましょう。問題文を順序よく繰り返し読むことになり、理解が深まります」

一方で物語文については、次のように内藤氏はアドバイスする。

心情語
内藤氏の著書『「雨が降ってきたので、カサをさした」が書ければ中学受験は突破できる!』(主婦と生活社、2024年)より、『気持ちを表す言葉の表』を一部抜粋したもの。「明るい感情」の中にも実にさまざまな感情があることがわかる
(画像は主婦と生活社提供)

「物語文は、頭の中で映画のように情景を思い浮かべながら読むとよく理解でき、印象に残ります。気持ちの読み取りは、悪口を言われて怒ったり、ケガした子をかわいそうだと思う心さえあれば、あとは人の気持ちを表す言葉をたくさん覚えれば必ずなんとかなります。

感情が『明るい』か『暗い』かを間違えることはないでしょう。しかし、『暗い』を言い換えるときに、『悲しい』『寂しい』しか知らない子は一定数います。その他のさまざまな表現を親子で確認し、それぞれの感情について具体例などを話してあげてください。語彙が増えて文章が豊かになり、得点につながるでしょう」

注目ワードは「環境問題」と「多様性」

中学入試の国語の問題を見ると、長文化が顕著だ。

「大学・高校入試と同じく中学入試でも、ここ数年で物語文(文学的文章)や論説文(説明的文章)の文字数が大幅に増えています。これまでは3000~4000字が標準でしたが、直近では7000~8000字の文章を出す学校がかなり出てきています。小学生が時間内に解き切るのは至難の業ですから、前述の忍耐力と持続力がより大事になってきます」

長文化対策として内藤氏は、「やはり日頃から読書の習慣を身につけておきたい」と話す。具体的にどんな本を手に取るべきか、推薦図書を教えてもらった。

「文学的文章を選ぶ際、特に小4までは名作と言われる定番の作品に触れてほしいと思います。芥川龍之介は現代の子どもたちにも人気ですし、星新一は本が嫌いな子にも喜ばれます。また、斉藤洋の『ルドルフとイッパイアッテナ』や壺井栄の『二十四の瞳』は、相手を気遣う心、相手の立場を思う心など、やさしい心を育むのにぴったりの作品です」

中学入試の傾向はほかにもある。「テーマとしては、近年ニュースで話題の地球温暖化やプラスチックごみなど環境問題が頻出しています。また、多様性を描いた文章も多いです」と内藤氏。

内藤氏が注目しているのは、菅野仁『友だち幻想 人と人の〈つながり〉を考える』、村田沙耶香『気持ちよさという罪』、石田光規『「人それぞれ」がさみしい』、ブレイディみかこ『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』。毎年のように出題される重松清の作品も押さえておきたいという。

「同調圧力への疑問や、『多様性』を謳いながら結局は受容できるものだけを受け入れている社会への指摘など、“みんな違っていいんだよ”というテーマが増えています。御三家などの伝統校が、比較的新しい作者の文章を使うケースもあり驚きました」

中学入試に挑戦するなら、説明的文章にも触れておく

読書について、中学受験をしないなら「小学生のうちは文学的文章だけ読めばよい」と内藤氏。中学受験を視野に入れている場合は「小4までは文学的文章を中心に、小5以降は説明的文章も読み始めたいものです。夏休み中に2冊読破を目標にするといいでしょう」と語る。説明的文章は具体的に、ちくまプリマー新書、角川ソフィア文庫、岩波ジュニア新書、講談社ブルーバックスの書籍などがおすすめだそうだ。

「文学的文章と説明的文章の両方を好む子はなかなかいません。文学的文章、いわゆる読書が好きな子は、実は説明的文章もきちんと読めるのですが苦手意識があるようです。反対に、ロジカルなことが好きな子は説明的文章を好み、文学的文章は苦手な様子がうかがえます。算数で高得点を取る子は、恋愛ものなどの文学的文章を読んでもわりと反応が薄いようです」

かつて新潟大学の小久保美子教授が、MRIに入った学生の被験者に説明的文章・文学的文章を読ませた場合に、脳のどの部分が反応するかを研究した。その結果、説明的文章と文学的文章ではそれぞれ異なる部分が活性化したという。

「長年子どもたちを見て実感していた通りでした。一方の文章に脳を使い過ぎると、疲れてしまい、苦手なタイプの文章を読む気をなくしてしまいます。例えば、上半身ばかり鍛えたら、下半身を使う運動は練習量が減りますよね。今の子どもたちは非常に忙しいので、限られた時間の中で異なるタイプの文章を薦められても読む気になれないのは理解できます」

とはいえ、文学的文章だけでなく説明的文章が読めると将来必ず役立つと内藤氏は強調する。「大学受験の評論文対策として非常に効果的ですし、社会に出てから触れる文章は圧倒的に説明的文章が多いので、読めるようになることは重要です」

夏休みは親子で多くの本に触れ合う絶好のチャンスだ。「子どもがいくつになっても、読み聞かせをおすすめします。子どもが興味を引くように本のあらすじを紹介する“ブックトーク”も取り入れてほしいですね。よい本に触れると言葉が磨かれ豊かになり、キレにくい子に育ちますし、何より子どもの思考力が高まりますから」。

(文:せきねみき、注記のない写真:Hakase / PIXTA)