卒業時には「社会人3年目」くらいの人材になれるといい

2023年4月、徳島県神山町に、全寮制の神山まるごと高専が開校した。Sansan創業者兼代表取締役社長の寺田親弘氏が発起人・理事長、かつ高専としては約20年ぶりの新設校ということで、開校前から話題となっていた同校。44名の1期生が入学し、半年が過ぎた。

今年の春に開校した神山まるごと高専

校長の大蔵峰樹氏は現状について、「最初の一歩を踏み出したところで、成果についてはまだ語る段階ではないのですが、おおむね順調だと言えるでしょう」と評価する。

大蔵峰樹(おおくら・みねき)
神山まるごと高等専門学校 学校長
1997年に福井工業高等専門学校 電子情報工学科卒業後、福井大学に編入。同大学院 博士後期課程修了 博士(工学)。在学中に友人とシャフトを創業。ZOZOTOWNのサービス開発を引き受けたことをきっかけに、2005年スタートトゥデイ(現ZOZO)に入社し、技術責任者としてZOZOTOWNの開発に従事。11年システム部門と物流部門の担当取締役に就任。20年よりZOZONEXT取締役として物流倉庫自動化の研究開発に取り組み、現在に至る。20年より神山まるごと高専の学校づくりのプロジェクトに参加。学校長候補としてカリキュラム立案や文科省申請などを進め、23年4月より現職

同校は育てたい人物像に「モノをつくる力で、コトを起こす人」を掲げ、卒業後の学生の活躍イメージとしては「起業家4割」を目指している。そのため、テクノロジーとデザイン、起業家精神を一度に学べる「デザイン・エンジニアリング学科」を設置した。1つの学科で1分野を学ぶ従来の高専や大学とは異なり、複数分野を1学科で学べる点が、大きな特徴だという。

「情報工学、デザイン、アントレプレナーシップという方向性の異なる3つの分野を複合的に学んでいく学科は、私が知る限り日本ではほかにありません。まだ1期生なので、今はデザインの授業を除き、主に一般科目を学んでいるところですが、高学年では各分野を横断した演習科目を設定しています。具体的には、実社会の課題解決に取り組んでもらいます。『課題解決以前に人間関係の解決が必要だね』といったリアルなところを学んでもらえるといいなと思っています」

授業は1コマ90分。「どの科目もアウトプットやディスカッションを必ず入れる方針」(大蔵氏)で、座学に終始する授業はないという。大蔵氏は、大学院時代に起業し、大手通販サイト「ZOZO」の立ち上げにも関わったエンジニアだ。自身の経験からも、とくに社会とのつながりは大切にしたいと語る。

授業風景

「何かに取り組む際のスタイルが、学校と社会では真逆。例えば学校の試験は、覚えてこい、何も持ち込むなと言われますよね。一方の社会では、見れるものは全部見ろ、人に聞けと言われ、1人で考えていると怒られます。そうしたギャップはずっとおかしいなと思っていました。だから本校も学校の中で閉じるのではなく、地続きで学生たちを社会につなげたい。卒業時には社会人3年目くらいの人材になれるといいなと思っています」

ChatGPTを導入、毎週水曜の夜は起業家とディスカッション

ChatGPTの有償版を導入し、全員に課題作成を含め自由な活用を認めている点も、実社会とのつながりを重視する同校らしい取り組みだ。活用に制限を設ける学校も多いが、こうした方針を採る狙いについて大蔵氏は次のように語る。

「いずれにせよ、将来的に学生が生成AIに触れる機会は必ずやってきます。ビジネス的な視点になりますが、真っ先に使って問題点を見つけ、対応を探っていくようでなければ先行者利益は取れません。レポート作成についても、検索サイトの利用はよくて、なぜ生成AIはダメなのでしょうか。ただし、楽をするためだけに使った学生と、生成AIに向き合ってきちんと理解しながら使った学生とでは5年後に大きな差が出るでしょう。どちらを選ぶかは学生次第であり、どちらを選んでもよいと思っています」

課外プログラムとしてとくに特徴的なのは、「Wednesday Night」だ。毎週水曜日の夕方に、第一線で活躍している起業家や経営者らに学校に来てもらうのだが、いわゆる講演会ではない。15歳のときに何を考えていたのか、これまでどんな経験をしてきたのかといった自身の半生について語ってもらうだけでなく、夕食も共にし、後半は少人数に分かれて学生たちとディスカッションをしてもらう。前期は12回開催し、25人の起業家を招いた。

毎週水曜日の夕方に行われる「Wednesday Night」

「これまで中学生だった学生が、社会で活躍する大人たちと直接話ができるというのは有意義な体験。しかも、名刺交換もするので後日コンタクトを取りたければ、それも可能になる。前期は25人の方に来ていただきましたが、学生たちは年間で約50人の起業家とコネクションができるわけです。おそらく若手起業家なら10万円支払ってでも参加したいほどの贅沢な内容。このすごさを今はわからないかもしれませんが、学生たちはきっと将来振り返った際、役に立ったと実感するプログラムだと思います」

「5年間の学費無償化」のカラクリとは?

学費が実質無償である点も、同校の大きな特徴だ。私立高専ということで、本来なら学生1人当たり年間約200万円の学費がかかる。「5年間では寮費も合わせて約1500万円。国内でいえば私立大学くらいの学費がかかるため、経済的事情で入学を断念する子もいるかもしれない。機会均等の観点から、持続可能な独自の奨学金スキーム『スカラーシップパートナー制度』を構築しました」と大蔵氏は説明する。

具体的には、協賛企業に1社10億円を「一般社団法人神山まるごと奨学金基金」に拠出してもらい、同基金の運用で得られた運用益を学生に奨学金として給付するという仕組みだ。現在、ソニーグループやソフトバンクなど計11社の企業が参画しており、2期生以降も5年間の学費無償化のメドが立っているという。

さらに、学生たちは学年で4名ずつ、各企業名を冠した奨学生となり、所属の拠出企業と5年間を通じて研究活動を行う。現在、学生たちは「所属するスカラーシップパートナーを2期生に紹介する」というテーマで企業理解に取り組んでいる。今後は、企業との共同研究や新規事業の開発なども想定しているという。

「10億円もの出資なので、各社とも真剣に検討のうえ決めていただいたと聞いていますが、参画企業の皆様はこれまでの人材確保や教育に危機感を抱いていたのではないかと思います」と、大蔵氏は話す。

神山まるごと高専の1期生たち

1期生は、学校がある徳島県だけでなく、東京、北海道、京都、ロンドン(日本人学校出身)などから計44人の学生が集まっている。男女はちょうど半々。出身だけでなく、趣味嗜好や将来の希望もさまざまだという。

「本校の入試は、テーマに基づいたものづくりのワークショップを行い、チームビルディングの動きやアウトプットの力など、総合的に判断しています。そのため、学生のバリエーションは富んでいますが、学校とのマッチ度を重視して選考していることもあり、比較的コミュニケーションが上手で何事も前向きに捉え、言われるがままではなく『何のため』を自分なりに思考して取り組める学生が多いですね」

「やぶをかきわけ道をつくっていく経験」がいちばんの勉強

しかし、そんな学生たちも、この半年は相応の苦労があったようだ。同校はとくに学校生活におけるルールを設けず開校した。放課後も基本的にどう過ごそうと自由だ。開校1年目で全寮制ということもあり、学生たちはいろいろなことを自分たちで決めなければならず、先輩もいない中で戸惑っている様子がうかがえたという。

「彼らはこれまで決まったルールの中で生活をしてきたので、自由について真剣に考えるのは初めての経験。やりたいように過ごしてみて『ルールがないとやっていけない』『ルールを決めようとしたら文句を言われてやる気をなくした』といった学生も出てきて、全体会議に発展したりしていましたね。自分たちで決められる自由とその苦しさを痛感した半年だったと思います。最近では、それぞれの自由についての考えを形成し始めてきたと感じています」

そうした戸惑いは、教職員をはじめとしたスタッフも同じだったと大蔵氏は打ち明ける。

「新設校なので、ここに来れば何かいいことがあるだろうという思いや理想を抱くのは当然のこと。しかし、実際に学校が始まれば、手探りで学校運営をしていかなければなりません。スタッフもゼロからつくっていく大変さを感じた半年だったと思います。今後は、多様性に富んだ学生たちであるゆえに、個人の志向や学力の差にどう対応していくかが課題。そこを乗り越えていくことが学校としての力の見せどころになると思っています」

新たな教育活動で注目される神山まるごと高専。その試みはまだ始まったばかりだが、大蔵氏はこう語る。

「私たちはベンチャー企業のようなもので、スタッフも手探りでいろいろな大人がいる。学生たちはいわば、舗装されていない道を進んでいくような状況に置かれているわけですが、それって社会そのものですよね。やぶをかきわけ自らが道をつくっていく5年間の経験が、いちばんの勉強になると私は考えています」

(文:國貞文隆、写真:神山まるごと高専提供)