「デジとしょ信州」、県と市町村がどう運営しているのか?
長野県と県内全77市町村が力を合わせ、2022年8月からスタートさせた協働電子図書館「デジとしょ信州」。パソコンやスマホ、タブレット端末などを通じて、長野県に在住、通学、通勤している人なら誰でも電子書籍を読むことができる。利用のために必要なIDとパスワードは、居住している自治体の市町村立図書館や公民館図書室の窓口で申請すれば取得が可能だ。電子申請ができる市町村も増えつつある。窓口がない自治体の場合は、電子申請を通じて県立図書館から取得できる。
利用登録者数は1万780名(23年3月31日現在)。すべての市町村に利用登録者がおり、利用者は1人につき「1週間2冊」借りられる。これまでの貸出数は5万7551冊。1日に平均約240冊の貸し出しがある。利用者が多い年代は40~60代、貸し出しが最も多い時間帯は20~21時という。
蔵書数は2万1178冊。うち著作権が切れた無償コンテンツ(青空文庫)は1万1196冊、オリジナルコンテンツ(信州の資料)が9冊となっている。コンテンツは、県内77の市町村が分担して購入するが、22年度は公益財団法人長野県市町村振興協会の「宝くじ助成金」を充てることができた。そして電子図書館システムは、メディアドゥ社を通じて米OverDrive社のプラットフォームを採用し、県立長野図書館が運営費を負担。こうした構造で、全県的な協働運営を実現している。
背景に、水害やコロナ禍における「危機と好事例」
このデジとしょ信州は、どんな経緯で生まれたのか。県内の関係者が集い、ワーキンググループを中心に構想が動き出したのは開設1年前の2021年8月のこと。その後、22年4月に「市町村と県による協働電子図書館運営委員会」(以下、運営委員会)が立ち上がり、実現に至った。委員長を務める県立長野図書館 館長の森いづみ氏は、こう振り返る。
「単独あるいは複数の自治体が協働で電子図書館を開設した事例は全国にありますが、県内の全自治体が協働で開設したケースは初めてだと思います。背景としては、19年の水害やコロナ禍で20年4月から5月に図書館が休館となる経験をしたこと、一方で、高森町はコロナ禍以前から学校連携も含めた電子図書館を構想し、20年6月にはサービスを開始して効果が見えてきたことなどが挙げられます。こうしたリスクヘッジや好事例を県内の図書館関係者の間で共有する中、電子図書館の優先度が高まり、全県的な取り組みにつながっていきました」
開設から半年以上が過ぎたが、利用者からは「蔵書コレクションが意外に多い」「一度に2冊までだけど、返したらすぐ次が借りられるから無限に読める」「視力が低いので拡大機能が重宝する」などの声が寄せられている。
一方で、利便性などの課題も見えてきており、「申請窓口が増やせるようサポートしたり、電子申請の方法をよりわかりやすくしたり、検索機能を高めたりして、さらに利用者を拡大していきたいと考えています」と、森氏は話す。
利用拡大に当たり、主に3つの重点取り組みを掲げている。1つ目は、「読書バリアフリー」。視覚障害者向け電子図書館サービス「アクセシブルライブラリー」の導入や、福祉関係団体と連携した読書バリアフリー実現に向けた総合的な展開を検討している。
2つ目は「地域資料の充実」で、学校の副読本や自治体が著作権を持つ書籍の電子書籍化、地方出版物のデジタル化も働きかけていく。
そして3つ目が、「学校教育との連携」だ。現在、希望する自治体や学校と共に、授業での活用や学校図書館との連携などを始めている。
「電子書籍」は学校現場でどのように活用できるのか?
学校連携チームリーダーを務める千曲市立戸倉図書館 主査の宮崎摩紀氏には、1年以上もの間、休館を余儀なくされた経験がある。
「千曲市の更埴図書館は『令和元年東日本台風』のときに水害に遭い、市民に対するあらゆるサービスをはじめ、図書館システムを連携している市内13の小中学校との連携も止まってしまいました。そのとき、電子書籍があればサービスを止めなくて済んだのではないか、学校にも既存のサービスとは異なるアプローチが必要ではないかと考えたことから、この取り組みに参画し始めました」
同じく学校連携チームの1人で、前職が小中学校の教諭だったという佐久市立中央図書館 館長の依田緑氏はこう話す。
「学校にいる頃から、学校司書教諭として、校長として、学校図書館の授業活用について課題感をずっと持っていました。また、子どもたちに1人1台端末が配られ、端末を家に持ち帰るようにもなってきましたが、ICT機器を通じて得られる情報の中身にも課題を感じていました。やはり子どもたちにはよいコンテンツと出合わせたいですし、電子書籍を含めたさまざまな情報を扱う力の育成についても、学校と連携していけたらと願い、取り組んできました」
では、電子書籍の活用により、学校教育はどう変わるのか。学校司書の経験があり、運営委員会で選書を担当する松川村図書館 館長の棟田聖子氏は、こう述べる。
「例えば地域資料は学校の郷土学習で必ず使われるものですが、たいてい蔵書が1冊しかなく、現状は子どもたち全員が一斉に使えるようにはなっていません。この電子化が進めば、先生方も授業がやりやすくなると思います」
しかし、いきなり「授業で使って」と言われても、戸惑う教員も少なくない。そのため、運営委員会は今後、授業での活用法を学校現場に提案していくという。その内容について、宮崎氏はこう説明する。
「公共図書館向けに市販される電子書籍は同時アクセスに制限のあるものが多いですが、地域資料のように自治体が作成する電子書籍であれば、制限なく使える設定が可能です。そのため、紙では蔵書が限られた本も、1人1台端末で一斉に閲覧できるので、グループ学習がやりやすくなるでしょう。児童書読み放題サービスの導入も予定しており、作品の感想を述べ合う、人物伝をみんなで読みながら調べ学習に発展させていくといった授業もできるようになります。海外の出版社のものは、読み上げ機能が付いた洋書の絵本をモニターに映し、ネイティブの発音をみんなで確認することなども可能です」
個別に学びを深めていくのにも適している。例えば、デジとしょ信州には大人向けの入門書や実用書もあるので、興味・関心のある領域をより探究しやすくなる。そのほか、クラブ活動や委員会活動における調べ物のほか、自宅で気軽に好きな本を借りて読書を楽しむといった利用もできるだろう。
「読み上げ機能や拡大機能は文字の認識が困難なお子さんに、多言語機能は外国籍のお子さんに役立つでしょう。不登校など通学が難しいお子さんの自宅学習の助けにもなると考えています。私にも小学生の子どもがいますが、すでに子どもたちはICT機器を使いこなしています。先生方に電子書籍のメリットを理解いただければ、学びの可能性はもっと広がっていくと考えています」(宮崎氏)
「学校図書館の館長」は校長、公共図書館との理想の連携とは
佐久市では、利用してみたい学校から順次、電子書籍の利用を始めている。例えば、野沢小学校では、昨年度の5年生がオーディオブックの絵本を活用し、英語と特別活動の時間を使い、下級生に英語で読み聞かせを行う活動に取り組んだ。
授業を見学した宮崎氏は、次のように話す。
「子どもたちが、日本語に訳した紙の絵本も併用して発音の練習や表現の確認をしていたのが印象的でした。私たちは、紙をデジタルに差し替えるのではなく、両方を併用し、場面によって使い分けることで学びを発展させてほしいと願っていますが、まさに子どもたちは自然にそのベストミックスができていたのです」
依田氏も、「読み上げの速さを調整して練習したり、下級生に読んであげる絵本を積極的に選んだり、子どもたちは電子書籍を上手に使っていました」と語り、こう続ける。
「こうした活用のほか、総合的な学習の時間など探究にも利用しやすいと考えています。今春開校した佐久市の臼田小学校の校長先生は、個々の学びのスピードや興味に合わせた学びに活用するほか、紙の本と電子書籍の両方を使いこなせるような情報選択の力を育てたいとのことで、5月ごろから全校でデジとしょ信州を使えるよう準備を進めているところです。引き続き、学校とは連携しながら取り組んでいきたいと考えています」
IDの取得は、児童生徒が個別に、居住する自治体の公共図書館などに申請するルールで、公共図書館の利用IDから生成するのが基本だ。しかし、学校で利用しやすいよう、学校が児童生徒・保護者の個人情報を取りまとめて公共図書館に申請すれば、全員のIDを一括で発行することも可能にした。自治体の規模が大きいなど、公共図書館のIDから生成することが困難な場合は、学校図書館IDを基に発行する方法も考えているという。
しかし、学校教育の主体は、あくまで学校だ。「校長先生が学校図書館の『館長』としてリーダーシップを発揮し、学校司書さんや司書教諭の先生、授業を担当する先生たちが協働して授業を充実させていく。そこに公共図書館が連携する体制が理想ではないでしょうか。高森町や佐久市では実践が始まっています」と、森氏はそれぞれの役割と連携の重要性を強調したうえで、今後の展望について語った。
「学校図書館と公共図書館との連携は、これまで主に『読書センター機能』に関するものでした。しかし、今後は電子書籍の提供を通じて調べ学習や郷土学習を充実させ、『学習センター機能』の強化も図れると思います。さらに学習成果を発信したり新しい何かを創造したりする『情報センター機能』も果たす場所になれば、デジタルシティズンシップ教育もかなり広がるのではないか。デジとしょ信州が、そのきっかけになればと願っています」
デジとしょ信州の仕組みに関心を持つ全国の図書館関係者や教育関係者も少なくない。しかし、「単館ではこの取り組みは難しいので協働できてありがたいと思う一方、今のこの仕組みが全国展開されればいいとは思っていません。私たちは並行して、出版社や著者の方々にも利がある仕組みを研究する必要があると考えています」と、棟田氏は言う。
森氏も「それぞれの地域に合った方法があると思っています」と述べ、長野県としては図書館を越えて「みんなで学ぶ・みんなで育てる『all信州電子図書館』」を目指していると語った。
「長野県は、昔から教育県、出版王国と言われてきました。読書人口の裾野を広げ、参画する人が増えていくことによって、そうした地域文化を大切に守り育てていきたいという強い思いがあります。そのため当初から、地域の出版社や書店、印刷会社、著者の方々とも対話を重ねたいと考えていました。今後はそんな“真の”オール信州による電子図書館へと発展させ、地域創生モデルの1つとして発信できたらと、夢を描いています」
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、写真:市町村と県による協働電子図書館運営委員会提供)
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