千葉県の待機児童数6年間で10分の1以下に
森や山、川、海といった自然環境での活動を通じて子どもの主体性や創造性を育てていく保育・教育が、「自然環境保育」である。千葉県は、これを推進する施設・団体を支援する「千葉県自然環境保育認証制度」(以下、制度)を2023年度からスタートさせている。
なぜ、いま自然環境保育なのか。その質問に、千葉県健康福祉部子育て支援課・副課長の増田誠也氏は次のように答えた。
「待機児童問題が解消に向かう中で、『質』が次のテーマになってきていることが理由です」
千葉県の待機児童数は、2017年度の1787人をピークに減りつづけ、2023年度には140人となっている。6年間で10分の1以下にまで急減したことになる。
「少子化の影響もありますが、県としても受け入れる施設の整備をすすめてきたからです。2023年度だけでも、前年に比べて2000人以上も利用できる定員数を増やしています。さらに施設整備は進めているところです」
社会問題までになっていた待機児童の問題は、ひとまず落ち着いた状況になっている。そして、「質」を考える段階に入ってきたというわけだ。増田氏が続ける。
「もちろん、これまで無視してきたわけではなくて、安全面をはじめとする質の向上にも研修などを通じで取り組んできました。そして、さらに新たな展開を考えていこうということになりました。その中で、自然環境保育にも取り組んでいこうとなったわけです」
熊谷俊人知事も自然環境保育には前向きだった
一言で「質」といっても、さまざまな質がある。そうした中で、なぜ、自然環境保育が浮上したのか。そこが、いまひとつ理解できない。県庁なり子育て支援課の中で、質についての議論、検討がなされたということなのだろうか。
「特別に検討会みたいなものをつくったことはありません。業務の中で検討していくことです。自然環境保育についても、2021年度から他県の例なども視察したりと検討していました」
自然環境保育は、子育て支援課が検討していたものの1つだったという。それが実現したことになる。増田氏は、「1つは“知事の思い”もあったと思います。県の各課が検討して案として掲げたものを、最終的に決めるのは知事ですから」とも説明した。
千葉県の熊谷俊人知事は、2009年に千葉市長選で当選し、当時の全国最年少市長(31歳)、政令指定都市では歴代最年少市長として注目された。知事に当選したのは、2021年3月だった。
千葉県内の保育関係者にも、自然環境保育認証制度が設けられた経緯について聞いてみた。
「熊谷知事は、市長時代にも、そして知事選のときにも自然環境保育には前向きな発言をしていました。そして、保育関係者の働きかけもあって、知事は検討会議の設置を決めました」
その検討会議である「千葉県自然環境保育認証制度検討会議」が最初に開かれたのは2022年8月で、以後全3回の会議を経て、制度はスタートすることになった。2023年の夏ごろから募集が行われ、申請して認証を得たのは2023年11月1日現在で計76団体である。
「初年度で、ここまでの応募があるとは思っていませんでした。想定以上の応募でした。事前に私たちが把握していた自然環境保育に取り組んでいる団体数は20前後だったからです」と増田氏。
畑をつくる、植物を育てるなども自然環境保育の認証対象
県として把握しきれていなかった、というわけでもない。申請は、自然環境保育に取り組んでいる実態がなければならない。ただし、その取り組みの解釈は幅が広い。
「認証の条件としては、必ずしも森の中や里山、海での活動と限定しているわけではありません。園庭のない施設も園外の公園を利用するとか、園庭に畑をつくるとか、プランターを利用して植物を育てることで自然環境とふれあうことができます。そうした工夫での自然環境保育も、認証の対象にしています」
千葉県ならではの制度の特徴といえる。千葉県は自然豊かな地域もあれば、自然のない都市部もある。認証の条件を里山での活動と限定してしまうと、遠くの里山まで足を伸ばさなくてはならない施設も出てくるし、それも難しい都市部の施設は制度から排除されてしまうことになってしまう。それを避けるために、自然環境保育の幅を広げているのだ。
「それによって、ちょっと工夫すれば認証対象になると判断した施設も多かったと思います。それが、私たちの想定以上に申請が多かった理由だと考えています」と、増田氏。
そして、「自然環境保育は豊かな自然環境がないとできないと思いがちですが、発想を変えて工夫すればできます。そういう工夫をしていただくことが大事だと考えています」と続けた。
さらに、なぜ自然環境保育の幅を広げたのかを聞いてみた。
「自然環境保育は『質』の面で期待できますが、自然環境が豊かでないとできない発想では、保護者にとって選択の余地が狭まります」
わが子のために自然環境保育を選択しようと思っても、都市部に住んでいるためにあきらめている人もいるはずである。自然が豊かな千葉県南部に引っ越せば実現できる可能性はあるが、仕事のことなど考えれば簡単ではない。
「県が支援することで都市部でも自然環境保育が実施できれば、保護者が施設を選ぶときの選択肢が広がります。自然環境保育が広まれば、子どもたちの成長にも、きっとプラスになります。一部の地域のためだけでなく、全県にプラスになるように考えるのが県の役目だと考えています」と、増田氏。
制度をきっかけに自然環境保育に取り組む意欲を高めた
実は、今回認証を受けた76団体では、都市部の施設が多いという結果になっている。自然環境が整っていない中で「自然環境保育は無理」とあきらめていた施設が、制度をきっかけに自然環境保育に取り組む意欲を高めた結果ともいえる。まさに、県の狙いどおりである。
もちろん、今回の76団体の申請・認証だけに、県として満足しているわけではない。「さらに広がるといいですね」と、増田氏も期待している。
認証の対象も、幼稚園や保育所、認可保育所、認可外保育所、認可こども園、さらには自然環境保育を自主的に実践している森のようちえん、など幅広い。そこにも、自然環境保育を普及したいという県の思いが反映されているようだ。
支援する団体が増えれば、当然ながら、予算も増えることになる。認証区分には2種類あり、「重点型」は週に10時間以上の自然体験活動が義務づけられている。この認証を受けた団体には、運営費として年間で上限20万円が補助される。
もう1つ「普及型」があり、こちらは週に5時間以上の自然体験活動が必要になる。そして補助は、上限で年間10万円となっている。
「草花の苗を買ったり、貸農園を借りるなどの費用に使われると想定しています。職員が安全のための研修に参加するための費用に使われることもあると思います。初年度ですので、どういう使われ方をするのか分析できていません」
今後の運用実績で、「うちでもできる」という施設が広がっていくに違いない。そして、「これだけの補助では足りないから増やせ」という要望も出てくる可能性はある。
そうなると、県としての負担も増えていかざるをえない。その懸念について尋ねると、「がんばるしかありません」と増田氏は笑った。
全国的に、待機児童の問題は小さくなりつつある。そういう中で「質」の問題が急浮上してきている。千葉県の試みは、これから注目を集めていくことになりそうだ。
(注記のない写真:akmphoto / PIXTA)