中等3年生対象の探究授業、ベースの「模擬国連」とは?
桐蔭学園中等教育学校は、2021年4月から中等3年生を対象に、模擬国連をベースとした探究授業「15歳のグローバルチャレンジ」をスタートさせた。
「模擬国連」とは、参加者が自分に割り当てられた国の大使になりきり、担当国の事情や国際社会の問題を踏まえ、実際の国連の会議と同じように解決策を探っていく活動だ。1923年に米ハーバード大学で開催された「模擬国際連盟」が原点といわれている。国際政治への理解が進むなどさまざまな利点があることから教育プログラムとしても高く評価されており、世界中の大学や高校で授業や課外活動に取り入れられている。
日本でも大会があり、模擬国連を部活動で行う学校は多いが、「探究授業にしたのは、おそらく本校が日本初」と、同校の模擬国連部顧問でカリキュラムを開発した橋本雄介教諭(国語科)は話す。いったいどんな授業内容なのか。
授業のゴールは、年度末に英語で行う「国連総会」だ。それに向け、生徒たちはこの1年間、さまざまな活動に取り組んできた。
まずは年度の初回授業で3〜4人のグループごとに担当国が割り当てられ、1クラス10カ国、7クラスで計70カ国の大使が誕生した。生徒たちは、担当する自国の地理や文化、歴史、国内外の政治的問題などを調べて現状を把握。年度末の国連総会の議題案についてプレゼンテーションや投票を行い、今回の議題は「地球温暖化」と「水問題」に決定した。
2学期は国連総会の練習を兼ねて、全大使が同じ弁当を食べるという架空の設定の下、「国連弁当」の理念とメニューの可決を目指す総会「国連弁当会議」を実施。政策決定や外交親書の起草・発信、学年全体での公式発言の場などを通じ、宗教や社会課題、パワーバランスなどを考慮しながら、自国の問題解決のためにいかに他国と交渉して全会一致を目指していくかを学んできたという。
こうした学びを踏まえ、3学期は年度末のまとめの会議である「地球温暖化」と「水問題」に取り組む。2022年1月中旬に見学した3年1組の授業では、図書室で各国の方向性の調整が行われた。橋本教諭が予定の確認と世界のニュース紹介を行った後、生徒たちはまず自国の状況と会議で目指す内容について大使団内で話し合いをスタート。
そして、指名された大使団長の生徒が発表を始める。例えば、南スーダン共和国の大使団長は、自国の水が汚染されている状況を説明し、「先進国や発展途上国に協力を要請したい」と意向を示した。
さらに自国が解決したいことを話し合い、解決策をワークシートに整理していく。タブレット端末で調べものをしたりメモを取ったりと、ICTを上手に活用しながら真剣に意見を交わす姿が印象に残っており、グループワークに慣れている様子がうかがえた。
「多角的な視点で物事を見られるようになってきた」
橋本教諭は顧問を務める模擬国連部の活動からその有用性を実感しており、以前からこの授業を構想していた。2019年度の男女共学化によるプログラム刷新のタイミングに恵まれたことで、実現できたという。カリキュラム開発の狙いについて、こう語る。
「6年一貫教育である本校の探究授業は、中等1・2年生で情報の整理や分析、発表など基本スキルを学び、5年生(高校2年生)で研究論文を執筆する流れになっています。自ら問いを立てて論文を書く手前の3年生の段階で、いろいろな角度から世界を見てほしいと思いました。生徒たちが爆発的に成長するためには彼らの中の『当たり前』を崩す必要があり、背景の異なるさまざまな国と交渉する模擬国連を導入することでそれが実現できると考えました」
今までと違う視座を持つことの成果も表れ始め、とくに最近になって生徒たちが多角的に物事を見られるようになってきた手応えを感じている。
「通常は世界を見るときに、一個人としての15歳の視点でしか考えることができません。しかし国の大使になることで、同じ物事でも複数の視点から見ることができます。この経験はレジリエンスにつながるというか、将来何かに行き詰まったときなどにも役に立つと思うのです」(橋本教諭)
また、会議の準備を進める中で、リサーチ力や立案力、論理的思考力、問題解決力、プレゼンテーション力など、さまざまな力が身に付く。とくに平和的解決に導く交渉力が養われるという。
「模擬国連の目的は、全会一致で世界平和を目指す方法を考えることです。そのため大切なのは、相手をディベートで打ち負かすことではなく、相手の話をよく聞き周りの意見を理解したうえで合意を見いだすこと。そこを大切にしています」と、橋本教諭は強調する。
打ち負かすのではなく、意見を「聞く力」を大切に
授業の原点となる後期課程(高校)の部活動「模擬国連部」についても紹介しよう。この実績が実に輝かしい。全日本高校模擬国連大会は7回最優秀大使賞獲得、国際大会は7年連続11回出場で2021年はついに最優秀賞を受賞した。
また、過去に模擬国連部からは東京大学へ学校推薦型選抜で4名の合格者を輩出。「グループ討論や『聞く力』が鍛えられたことなどが関係しているかもしれません」と、橋本教諭は考えている。
生徒たちの意向で模擬国連部ができた07年から顧問を務める橋本教諭だが、「生徒に頼まれて顧問を引き受けたので、彼らと共に学んできました。恥ずかしながら、発足当初は相手を打ち負かす議論をしていて、白熱して部活中に生徒同士がけんかになってしまうことも」と、打ち明ける。
他校と合同練習を行う中で相手の話を「聞く力」の大切さに気づき、「戦ったら負け。みんなが参加できる議場をつくれる人になりなさい」と強調する現在の指導に変わっていったという。今では強豪校だが、必ず生徒に伝え続けていることがある。
「大事なのは何のためにやっているのか、ぶれないこと。成果を取りにいくのではなく、そこまでのあり方や行動が重要だと考えており、『世界を自分なりに捉えなさい』『どういう人でありたいのか、そこにこの部活がどう寄与するのか自分の言葉で言えるようになりなさい』と、そこだけは先生面して言い続けています」
そのおかげか進路を決めやすくなる生徒も多いそうで、例年、部員の半数は「この大学でこれを学びたい」と、総合型選抜で進路が決まっていく。命の意味を自分なりにつかみたいのか、医学部志望の生徒も多く集まる傾向にあるという。
部員は現在19名。週に2回の活動は、大会や他校との合同練習に向けての準備や振り返りなどを中心に行う。22年度は男女共学化初年度に入学した生徒たちが後期課程になるため、初めての女子部員が入部する可能性も。「実際の国連では女性が紛争問題の交渉に関与すると解決しやすいと聞いたことがあります。今までとは違う視点の意見も出るのでは」と橋本教諭は楽しみにしている。
模擬国連は「自分のなりたい姿」になるためのツール
現在、模擬国連部で部長を務めるのは、5年生の田端開さん。オンライン開催となった2021年の国際大会で最優秀賞(事務総長賞)を獲得したエースだ。
最初は先輩に強引に誘われて入部した田端さんだったが、話すことが好きな自分に向いていると気づいた。また、知っている国が増え、世界のさまざまなニュースに関心を持てるようになった。今では世界中に母国がある感覚だという。
模擬国連部では話す力や論理的思考能力、ディスカッションの基礎力が鍛えられるというが、「私自身は、苦手に感じていた『いろいろな角度から物事を見ること』ができるようになりました」と、話す。
それを強く感じたのが、21年の国際大会だ。「突然『インドの毒ガスを積んだ米国の飛行機がパナマで爆発しました。これについて15分で考えを説明しなさい』と想定外のミッションが降ってきましたが、パッと対応できた。多角的な考え方ができるようになったと実感しました」と、田端さんは振り返る。
この対応力に加え、担当国の利益を強く主張する参加者が多い中、日本の和の精神で後ろから支える形でまとめ役を果たせたことが、受賞の要因ではないかと分析する。また、これを機に、将来への思いも深まった。
「国際大会の議論のテーマは、『AIを搭載した戦闘ドローン』だったのですが、関心の高かった『AIと法規制』に関わることだったので、改めてこの領域で社会貢献をしたいと思うようになりました」(田端さん)
橋本教諭に「聞く力」を絶賛されている田端さんだが、話すのがうまい人や考えるのが得意な人など、優れた人がたくさんいることが刺激になっているという。魅力的な人たちに出会えるのも、模擬国連に取り組む利点のようだ。
「私は模擬国連を自分のなりたい姿になるための成長ツールの1つと捉えており、本気でやると得るものが非常に多い活動だと思っています。そんな模擬国連を中等3年生が授業で体験できることは、すごくうらやましいですね」(田端さん)
22年4月から2年目となる「15歳のグローバルチャレンジ」は、すでに中学受験生の保護者の関心も高いという。橋本教諭は今後、どの教員でも授業ができるよう教材を整え、「数学以外は興味がない」といったタイプの生徒を巻き込む仕掛けも考えながらさらにブラッシュアップを図るという。
少し先の話になるが、今の3年生が5年生になった際は、彼らに会議運営を任せる予定で、「そのときが楽しみ」と橋本教諭は言う。今後、部活動だけでなく授業でも模擬国連がスタンダードになっていく同校。生徒たちのさらなる成長が期待できそうだ。
(文:酒井明子、注記のない写真:桐蔭学園中等教育学校提供)