「本来の自分」を取り戻す学校

雲海に浮かぶ天空の城・竹田城跡がある兵庫県朝来市。その南端、豊かな自然の中に作られたのが生野学園高等学校・中学校だ。かつて牛の放牧場だったという広大な敷地に、中高の校舎やグラウンド、生徒たちが暮らす寮が置かれている。

生野学園の全景、左奥に見えるのはグラウンド

不登校が登校拒否と呼ばれていた1980年代。精神科医の森下一(もりしたはじめ)氏が兵庫県姫路市に開所した森下神経内科診療所には、不登校の子どもとその保護者が次々とやってきた。

当時はまだ、不登校の子どもの居場所や学ぶ場はなかった。そこで、子どもたちが自分らしく過ごせる環境を作ろうと、保護者と森下氏が資金を出し合い、フリースクールである京口(きょうぐち)スコラを設立したのが1986年のこと。それでも依然として高校卒業資格の壁はあった。そこで、京口スコラ親の会を中心に学校をつくろうという動きが盛り上がり、1989年に生野学園高等学校が誕生した。さらに、2002年には中学校も開校。

そのあり方を一言で表しているのが建学の精神であり教育方針である“自然出立(じねんしゅったつ)”という言葉だ。その意味を、生野学園 校長の篠原義省氏はこう説明する。

篠原 義省(しのはら・よしあき)
生野学園 校長
1993年より生野学園スタッフとして勤務。数学担当。2002年より中学校校長、2016年より高等学校校長を兼務
(写真:本人提供)

「これは、心の自然に立ち返り、自由と伸びやかさを持とうという意味です。不登校の子どもは期待に応えようとしたり、周りに合わせようと頑張りすぎたりと無理をしがち。だからこそ、自分の心の自然に立ち返り、本来の自分自身を生きているという実感を持てるようにという思いから、創立者の森下一がこの言葉を選びました。とはいえ、完成した『本来の自分』がどこかにあるわけではありません。本来の自分とは、さまざまな体験や経験をする中で、その子がもともと持っている資質に合った自己を形成していくものです」

そのためには、子どもと生活を共にして深く関わることが大切だと篠原氏は語る。だからこそ、生野学園では全寮制をとっているのだ。

人と深く関わることで子どもは大きく変わる

高校の開校から36年経つが、寮生活の重要性は今も変わらず、むしろ増しているようだ。その背景には、不登校の子どもたちが抱える悩みや課題の変化があるという。

「以前多かったのは、周りの期待に応えようと頑張ってしまい、疲れて学校に行けなくなるという優等生タイプの不登校です。そのタイプは親との葛藤が強くあり、自室に引きこもる子もいました。しかし、不登校が一般化するにつれて、人と深い関係を築いてこられなかった子が増えてきているように思います。近年、増えている印象があるのは『友達に対しても表面ではうまく合わせてきたけれど、中学生くらいになるとそうした付き合い方では難しくなり、友達関係や部活動などの人間関係でつまずいて不登校になった』というケースです」(篠原氏、以下同様)

だからこそ、必要なのは人と深く関わること、人との関わりを通じて自己形成することだと篠原氏は語る。

「ここに来る子どもたちも、心の奥底では本音で話せる友達を求めているところがあります。そうした付き合いをあえて避けてきたものの、寮生活で人と関わる中で変化していきます。そして、卒業する頃には本音で話せる、卒業後も続く仲間になっていくのです。先輩や友人、スタッフとの関わりを通じて自分の好きなこと、やりたいことが見つかることも多いですね」

ちなみに、ここで言うスタッフとは教職員のこと。生野学園では教員をすべてスタッフと呼ぶ。それは、生徒に知識や物事を一方的に教授する存在ではなく、子どもと対等な立場で関わり、自分自身の生き方を示す存在であるという意味が込められている。寮生活をサポートする職員や事務を担当する職員も、同様にスタッフと呼ばれている。

生野学園の生徒数は中学・高校あわせて約90人。それに対し、スタッフは30人おり、教科を担当する人はその半数ほど。生徒に対してスタッフの数が多いのも特徴的だ。

「子どもたちが本来の自分を取り戻せるよう、生野学園では自主性を大切にしています。重要なのは、本人が素直な気持ちでやりたいことをやれること。とはいえ、自主性を尊重することは、子どもたちを放っておくことではありません。強制はしませんが、『これをやってみない?』といった提案はします。そして、それをやるかどうか、最終的に決めるのは本人なのです」

必要なのは自分をコントロールする力

生野学園の入試には学力試験がない。代わりに実施しているのが体験入学だ。受験生は2泊3日で寮生活を体験し、グループ活動や心理検査、親子面接などを受ける。ただし、これは集団生活が苦手な子をふるい落とすためのものではないという。集団生活には徐々になじんでいけばよいのであり、大切なのは体験を通じて、「この場所が自分に合っているのか」「ここに来たいのか」を本人が確認することなのだ。

子どもの自主性を尊重し、自分の資質に合った自己形成を促す生野学園。では、子どもの自由を尊重する学校の寮生活とはどのようなものなのだろうか。

生野学園には中学校の男子寮と女子寮、高校の男子寮、女子寮がそれぞれある。朝食・昼食・夕食の時間がそれぞれ約1時間半、設けられているが、全員で一斉に食事をするスタイルではなく、約1時間半のうちの自分の好きなタイミングで食事をとるのだ。

全体としての日課は大まかに決められているが、細かい日課は生徒自身が決める
(画像:生野学園HPを基に東洋経済作成)

「『全寮制=細かい日課が決められている』というイメージの人も多いかもしれませんが、生野ではそういった細かい日課はありません。入学したばかりの頃は生活リズムができておらず、中には昼まで寝ている子もいます。スタッフが無理やり起こすことはありませんが『不安があって眠れない』というケースもあるので、声をかけるようにしています。

その際、心がけているのが、本人が『どういう生活をしたいか』を考えられる話をすること。私たちは規則で子どもをコントロールするのではなく、自分で自分をコントロールする力を身につけてほしいと考えています」

左上/男子寮の部屋。4人用の部屋に現在は2〜3人で使っている。右上/女子寮の居間はみんなでくつろげる場所。左下/食堂での様子。同級生や先輩、後輩、スタッフと、あるいは一人で気分にあわせて食事。右下/食事はセルフで取る。完食する必要はない

大人との信頼関係が子どもにもたらすもの

とはいえ、集団生活をしていれば問題が起こることも当然ある。その際はまず寮委員たちがスタッフを交え、対応を考える。寮委員は生徒が希望や推薦でなる寮の世話役のこと。各寮にいる寮委員が対応を検討して、全員が参加する月に一度の寮会議で話し合うのだ。なるべく子どもたち自身で解決してほしいという思いからだが、寮委員に問題を丸投げするのではなく、必要な場合は解決に向けてスタッフもサポートを行う。

また、入学したばかりの生徒の中には、寮に泊まることができない子や、寮の自室から出てこられない子もいる。その際も、スタッフはその子の自主性を尊重しながら関わり続けるという。

「寮の自室から出られなかった子のケースでは、スタッフが一緒に会話をしたり、プリント学習を行ったりするうちに出られるようになりました。その後、その子は学校行事を運営するようになりました。また、中学ではほぼ自宅から通っていた子もいましたが、その子は高校から寮生活を送れるようになり、卒業式には『かけがえのない仲間ができたのが一番の財産』とスピーチしてくれました」

中学生は21時、高校生は22時には寮に戻ることになっているが、遅れても罰則があるわけではない。ただし、その場合もスタッフはその子に声をかけて話を聞く。何か不安があって戻りたくなかったということもあるからだ。本人の話を聞いたうえで、「共同生活では周りに迷惑をかけることはやめよう」という話をするという。

「大切なのは待つこと。日常生活でスタッフと一緒に何かをしたり、話したりする中で子どもたちは安心感を育てていきます。まずは大人と信頼関係を築くことで、子どもは安心して横のつながりを広げることができます。だからこそ、寮生活が大切なのです。とはいえ、共同生活はどうしても疲れが出ることもありますので、原則として週末は自宅に帰るルールとしています。遠方から通う生徒は、寮内に残ることもできますよ」

一斉授業ではなく、一人ひとりに合わせた学び

生野学園は2024年に高校が、2025年には中学校も学びの多様化学校に指定されている。そんな生野学園における学びは、主要5教科の学年別学習、選択学習、多目的学習で構成されている。選択科目は各スタッフの強みを活かした内容となっており、園芸や写真、プログラミングなど幅広い。また、多目的学習は教科や学年を超えてスタッフがチームをつくり、テーマに基づいた授業を行うというものだ。

左/学習の様子、右/選択学習のピアノのレッスン

「小学校低学年から不登校になっていた子もいれば、中学の途中まで進学校でバリバリ勉強していた子もいます。本校では基本的に一斉授業は行わず、一人ひとりに合わせた教材を用意して進めています。高校卒業後の進路は、就職する子、専門学校や大学に進学する子、何がしたいかゆっくり考えるという子などさまざまで、大学進学を希望する子には個別授業などで対応しています」

生野学園を卒業した後も、一人ひとりの人生は続いていく。卒業後もスタッフに相談をしにくる子もいるそうだ。不登校を経験した子どもたちが安心して過ごせる学びの場として誕生して36年。生徒間やスタッフ間で受け継がれてきたものも多いようだ。

「生野学園の行事は、子どもたちが決めて実行します。行事は2年生が中心となって運営しますが、上級生の姿を見てきましたし、3年生と話をする中で受け継がれているものもあります。また、スタッフ同士も各学年で新人はベテランと組み、子どもたちへの声掛けや接し方など、ベテランの動きを見て学んでいます」

行事でハイキングに出かけた際の様子

加えて、保護者間で受け継がれているものもある。卒業した生徒の保護者たちの「生野高星親の会OB会」では「今、悩んでいる子やその保護者のために、自分たちの経験を役立てたい」という思いから兵庫県や大阪府などの各地で「不登校の子どもと向き合う相談会」を実施している。この相談会を通じて生野学園を知ったという親子も多いそうだ。

社会のあり方やライフスタイルが急激に変化し、今は人と顔を合わせずに日々を過ごすことも可能だ。人と関わることで心が激しく動き、傷つくこともある。それでも、人と関わることは、相手を知り、そして自分を知ることにもつながる。子を思う保護者の強い思いから生まれ、スタッフがコツコツと築き上げた環境は、「安心できる場」としてこれからも多くの子どもたちを育んでいくことだろう。

(文:吉田 渓、注記のない写真:生野学園提供)