「興味関心(コンピテンシー)から始まる探究学習」

前回の記事では、ヒロック初等部で実践している2種類の探究学習の1つ「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」について書きました。今回は、もう1つの探究学習「興味関心(コンピテンシー)から始まる探究学習」についてご紹介いたします。

ヒロックでは「興味関心(コンピテンシー)から始まる探究学習」のことを「マイプロジェクト」と呼んでいるので、これ以降はマイプロジェクトという名称で書いていきます。

探究学習はしばしば、穴を掘ることに例えられます。1つのテーマに沿って、下へ下へと深掘りしていくのです。それは決して容易なことではないし、子どもにとって負荷のかかることでもあります。それでも、自分なりにテーマと向き合って、より深く掘り進めていく経験は、学習者にとって汎用可能な財産となります。

蓑手章吾(みのて・しょうご)
HILLOCK(ヒロック)初等部 校長
公立小学校で14年勤務した後、2021年3月に東京・世田谷にオルタナティブスクール、ヒロック初等部を創設、22年4月に開校。専門教科は国語。特別支援学校でのインクルーシブ教育や発達の系統性、学習心理学に関心を持ち、教鞭を執る傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士号を取得。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京・小金井の前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任するなどICTを活用した教育にも高い関心と経験を持つ。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書)、『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)などがある
(撮影:今井康一)

マイプロジェクトを進めるうえでの3つの条件

ヒロックではマイプロジェクトのテーマについて、何を選んで探究するかを自分で決めてよい、ということにしました。絵を描くことでも料理でも工作でも、カードゲームだって構いません。自分が好きなもの、興味関心のあるものであれば、その子にとっての負荷もぐんと下がりますよね。

ただし、何でも好きなことをやっていればよい、という時間ではありません。それでは自由時間や遊びと同じになってしまい、プロジェクトとして成立しないケースも多いからです。そこで、子どもたちにはマイプロジェクトの条件として、3つ提示しています。「自分の向上や成長が感じられるものを選ぶこと」「めあて(作戦)を事前に立てること」「事後に振り返りを書くこと」の3要素です。1つずつ詳しく解説していきます。

1つ目は「自分の向上や成長が感じられるものを選ぶこと」です。自分が何をプロジェクトとして探究していくかを決める際、ヒロックの子どもたちも基本的には自分の好きなものや興味のあることから選んでいます。実際に選んだコンテンツには料理やお菓子作り、工作、本作り、実験、プログラミング、カードゲーム、絵を描くなどさまざまなものがありました。

ただし、これらを選ぶ条件として「自分の向上や成長が感じられるかどうか」という観点を、つねに確認するようにしています。子どもたちの中には、もともと「向上したい!」と思っている子もいれば、「ただやりたいだけ!」という子もいます。

好きなことをやるのも悪くはないけれど、せっかくのマイプロジェクトです。向上や成長に無理やりでも結び付けることで、まとまった時間も有効活用できるし、必要な道具を予算で買ったり使ったりすることも可能になります。日頃好きでやっていることでも、向上を意識することで新たな視点が生まれるし、成長すればより好きになりますよね。まさに学ぶ喜び、成長実感を体感できる探究学習となるわけです。

ヒロックでは自分が好きなものや興味のあることから、探究のテーマを選ぶ。実際に選んだコンテンツには料理やお菓子作り、工作、本作り、実験、プログラミング、カードゲーム、絵を描くなどさまざまなものがある

2つ目の「めあて(作戦)を事前に立てること」では、子どもたちに問いを立てる力や見通しを持つ力、仮説を立てる力などの向上を期待します。めあてを立てず、なんとなく始めてしまうと、コンテンツが刹那的に移り変わってしまったり、終わってみて「何をやったかよくわからない」という状態になってしまいがちです。この時間にどんな「初めて」を試したいのか、現時点でどのような予想や仮説が立てられるのか、終わった後にどのような姿になっていたいのか。事前に構えをつくることによって、より深い学びや探究が可能となります。

3つ目の「事後に振り返りを書くこと」では、学びのプロセスを内省することで、学び方を獲得したり、自分の個性や長所、強みについて知ったりすることを期待します。ただやりっ放しで終わってしまっては、「いつの間にか上手になったけど、どうやって上手になったのかわからない」という状態になってしまい、ほかのことに生かしにくくなってしまいますよね。

入学当初、ヒロックの子どもたちに、今現在上手にできることは、どうやって上手になったのかを聞いたことがあります。子どもたちは「最初から上手だった」とか「たくさん練習したから」というような反応がありました。間違いというわけではありませんが、それだけだと「今苦手なことは上手になれない」とか「歯を食いしばって、時間をかけて練習しないと上手になれない」ということにもなってしまいますよね。向上や成長には人それぞれのコツがあるはずだし、自分にとってのコツを知っておくことは、これから先の未来を幸せに生き抜くうえで大きな財産となるでしょう。

「昨日の成長が今日の自分を幸せにしてくれた」実感が大事

ヒロックの最上位目標は「福利の拡張」、言い換えると「幸せになる力をつけること」です。幸せの定義は人それぞれ、多種多様ですが、こうなりたいという理想の姿を思い浮かべて「今はできないけれど、こうやってコツコツ積み上げていけば、いつかは理想の自分になれる」と思えたら、それは普遍的な幸せのあり方なんじゃないでしょうか。

諦めたり、何かのせいにしなくても、明日や未来に希望を持てる状態。仮に、たとえそこに届かなくとも、夢を持って確実に前進しているという実感が得られる状態こそが、まさに福利を拡張している姿そのものだと思っています。

今の子どもたちは、もしかすると「大人になった時に役に立つから」と、信用してよいかもわからないような長期的展望を見せられ、日々成長する楽しさを感じられないままに、歯を食いしばって努力を強いられていると感じているのかもしれません。大きな壁や絶望に打ちのめされ、自暴自棄になってしまう子たちも多くいるのが現実です。子どもたちにとって必要なのは、「いつか」なんて約束できない遠い幸せなんかじゃなくて、昨日の成長が今日の自分をより自由に、より幸せにしてくれたという揺るぎない「今」の実感なのではないでしょうか。

自分の好きなことや興味関心のあることが、昨日よりちょっとだけうまくなる。上達してうれしい。大好きな人が認めてくれた。誰かの役に立てた。みんなが面白がってくれた。そんなことが、何よりも学ぶ楽しさ、成長する喜びを鮮明に感じさせてくれます。自分も捨てたもんじゃない。苦手なことやコンプレックスも、もしかすると克服できるかもしれない。明日はきっといい日になる。そうやって少しずつ、自分のことが好きになれる、それがマイプロジェクトの真の狙いでもあります。

(注記のない写真:蓑手氏提供)