「え、これも探究学習なの?」と思えるようなものも多い

高等学校では今年度より、「総合的な学習の時間」が新たに「総合的な探究の時間」として新設されました。また、選択科目としても「日本史探究」や「世界史探究」「古典探究」「理数探究」など、「探究学習」と呼ばれる授業が重視されてきています。

一方で教育現場はというと、教員の働き方改革をサポートするトモノカイが全国の高校で探究を指導している360人の教員に調査したところ、実に半数が「生徒の質問に答える時間や人脈がない」と答えています。探究学習を経験したことのない教員も多く、不安を感じながら何とか応えようと努力している教員の割合はさらに多いことでしょう。

私もかねて、津々浦々の「探究学習」と呼ばれる実践を学んだり実践してきましたが、「え、これも探究学習なの?」と思えるようなものも多く、その裾野の広さに戸惑うこともあります。

私がここで強調したいのは、「何が真の探究学習なのか」ということではありません。探究学習によって「どんな力を育てたいんだっけ?」ということを明確にして実践を作ったり、あるいは選んだりしましょう、ということです。

皆さんは子どもたちに、なぜ探究学習を経験させたいのでしょう? 「何となく、探究学習はいいらしい」「やらなきゃいけない」「社会に出てから役立つ」「偏差値が上がる」「調べる力がつく」「自分で学ぶ力がつく」「将来の幸福につながる」など、人によって求めるものが違いそうです。一言で「探究学習」と言っても、その目的によって、最適な探究学習の形は変わってきます。

大切なことは、「とにかく子どもたちに探究学習を体験させなきゃ」ということではなく、探究学習によって「どんな力が育ってほしいのか」を、親を含めた大人側がしっかり持っておくことだと思います。

蓑手章吾(みのて・しょうご)
HILLOCK(ヒロック)初等部 校長
公立小学校で14年勤務した後、2021年3月に東京・世田谷にオルタナティブスクール、ヒロック初等部を創設、22年4月に開校。専門教科は国語。特別支援学校でのインクルーシブ教育や発達の系統性、学習心理学に関心を持ち、教鞭を執る傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士号を取得。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京・小金井の前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任するなどICTを活用した教育にも高い関心と経験を持つ。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書)、『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)などがある
(撮影:今井康一)

「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」の中身

ここからは実際に私たちのスクール、ヒロック初等部で行っている探究学習を例に、その目的や押さえるべきポイント、子どもたちの育ちについてご紹介できればと思います。

ヒロック初等部では、大きく2種類の探究学習をカリキュラムの中核に据えています。1つは「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」であり、もう1つは「興味関心(コンピテンシー)から始まる探究学習」です。

私たちヒロック初等部の最上位目標は、子どもたちを中心にした全員の「福利を拡張していく」ことであり、その目標に最も適した学び方がこれらの探究学習だと確信して導入しました。今回は1つ目の「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」の実践についてご紹介します。ぜひ学校やご家庭でも参考にしていただければ幸いです。

ここで言うところの「テーマ」というのは、問いや設定と考えてもらってもよいかもしれません。例えば「食」というテーマを設定した学習では、自分の好きな料理を食材に分解しながら、それらがどのように食卓まで届くかを予想したり、実際にスーパーに行ってみたりしました。そこから「買わなくても作れるんじゃない!?」という話になり、実際に自分で選んだ野菜を水耕栽培で育てて食べてみたりもしました。

「食」をテーマに設定した際は、実際にスーパーに行ったりもしながら学習を進めた

「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」では、大人側が子どもたちに興味を持ってほしいと思っている「食」というテーマを最初に示し、そこからそれぞれの子たちは自分の関心事に引き寄せながら学習を展開していきます。テーマという枠を設定することで、大人側が子どもたちに学んでほしい、経験してほしい、深めてほしいコンテンツに方向づけられることがメリットです。ここで大事になってくるのが「自分で選べる」ということです。

学びに向かう力にとって大切なのは、コンテンツ自体が持つ魅力を子ども自身が実感できることだと思っています。その際に重要となるのが、子どもたちが自分で見つけた、自分で選んだと思えているかどうかです。心理学の世界でも、自己決定が及ぼす充実感や満足感の影響は多くの研究で実証されています。

また、この「食」という探究学習が、公立学校で言うところの「社会科」の枠に収まっていないということも重要なポイントです。公立学校ではあらかじめ教科の枠や配当時間が決められており、また内容に関しても教科書等で事前に定められています。しかし、子どもたちが本当に知りたいことや学ぶ中で自然と立ち上がってくるような問いは、必ずしも教科の枠や教科書の範囲にとどまっているとは限らないですよね。

私たち大人の社会は教科で分かれていない

今回の例で考えてみると、実際に野菜を育ててみることは教科で言うなら理科的だし、金額の計算や時間経過を振り返ることは算数的な学びです。そんな子どもの興味関心に対して「今は社会の時間だから」とか「それは来年の学年でやるから」と言って取り下げるのは、極めて大人の都合と言えそうです。

そもそも、私たち大人の社会は教科で分かれていませんよね。興味や課題が目の前に現れたとき、いちいち「これはなんの教科だろう」なんて考えないはずです。もちろん、公立学校でも今日「教科横断的な学び」や「カリキュラム・マネジメント」といって、教科の枠を超えて授業全体を設計していこうという方向にはなっていますが、制度の面などまだまだ多くの難しさや障壁があるのが実態と言えそうです。

今回は「テーマ(コンセプト)から始まる探究学習」を例に、「自分で自由に選べる」という要素と「枠にとらわれない」という2点についてご説明しました。次回は「興味関心(コンピテンシー)から始まる探究学習」を例にご紹介できればと思います。

(注記のない写真:蓑手氏提供)