記事の目次
「キャリア教育」の取り組み方は学校や教員に丸投げ状態
教員の負担増に懸念、キャリアパスポートも導入進まず
保護者が「キャリア部」結成でキャリア教育を担う例も
A先生:私立中高一貫校教員、元大手人材系企業勤務・国家資格キャリアコンサルタントを保有

B先生:私立中高一貫校教員、国家資格の専門職、大学教員と教員を兼業中

C先生:私立中高一貫校教員、民間企業正社員と教員を兼業中

「キャリア教育」の取り組み方は学校や教員に丸投げ状態

土佐兄弟・卓也(以下、卓也):今日はお集まりいただきありがとうございます! 僕は学校でキャリア教育を受けたことがないのですが、小学生と幼稚園生の娘の将来を案じている父親として、とても興味があります。いろいろと教えてください! 皆さんはどんな経緯でキャリア教育を担当されることになったんですか?

A先生:私はキャリア教育の授業を統括する立場で、現在の学校に転任しました。学校側は将来社会で活躍する人材育成を目指し、キャリア教育を打ち出す狙いがあり、民間企業で人材マネジメントやキャリアカウンセリングの経験を積んできた私に声がかかりました。

卓也:A先生はキャリア教育専門の教員ということですよね? 僕の中学高校時代にはそんな先生いなかったですよ。B先生、C先生はいかがですか?

B先生:私は自発的にキャリア教育担当になったというよりは、任された形ですね。私自身が教員以外のキャリアを歩んできたこともあり、実社会で役立つことを伝えられるはずだ、と期待されたのだろうと思っています。

C先生:B先生と同じく、学校側から依頼されて担当しています。私は民間企業にも籍を置く「兼務教員」なので、キャリア教育に適していると判断されたようです。

卓也:皆さん、学校以外の職場で働いた経験をお持ちなんですね。そもそもキャリア教育って何をしているんですか?

A先生:文部科学省の定義では、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」とされています。具体的には、職場体験やインターンシップ、総合的な学習の時間を使った教育活動など、学校ごとに内容や濃度はさまざまです。

卓也:へー! 他の教科みたいに、一律の内容を学ぶわけではないんですね。

B先生:A先生のようにキャリア教育専任の教員がいる学校は、私立学校の進学校でもしっかりカリキュラムを作成していると思いますが、うちの学校は正直そこまで力を入れていません。キャリア教育を担当する教員のチームはありますが、進路指導の一環にとどまっていますね。私としては、もっと有識者や民間企業で働いている人に協力してもらって、生徒に有意義なキャリア教育を模索したい気持ちがあります。

C先生:私は担当科目の授業の時間を使って、ビジネスパーソンや親としての人生の歩みやキャリア観を、少しずつ伝えるようにしています。

教員の負担増に懸念、キャリアパスポートも導入進まず

卓也:キャリア教育を推進するうえで、どのような課題がありますか?

A先生:先生の負担増につながることは、無視できない課題です。学習指導要領では、キャリア教育に割く時間が明示されておらず、すべての教科がキャリア教育に関連しているというスタンスです。総合学習でも社会科でも、家庭科でもよくて、教員の裁量に委ねられます。学校がある程度の方針を決めていないと、「これ以上は無理」とはなからキャリア教育を諦めてしまう教員も少なくないはずです。

B先生:文部科学省は、小学校から高校までのキャリア教育に関わる活動を記入して記録を保管する「キャリアパスポート」を学校側の管理で作成することを提唱しています。しかし、負担が大きいので活用できている学校はほぼないのではないでしょうか……。

C先生:個人的にキャリア教育はとても重要だと考えているので、もっと活発に機会を創出したいのですが、当校も教員が前向きではありません。ただ、最近は同僚の教員から「会社員経験を話してほしい」と声がかかることも。負担を増やしたくないという教員がいる一方で、キャリア教育が必要だと考えている教員も一定数いると思います。

卓也:キャリア教育を推し進めなきゃいけないとわかっていても、後回しになってしまうのが現状なんですね。

B先生:また、「自分のしたいことを探求できる生徒」はどうすれば増やせるのかというのも課題です。大学卒業後の未来を想像しつつ考えるわけですから、割と高度な思考力が必要です。私は勤務校で幅広い学力の生徒を指導していますが、正直学力が高く、家庭の経済力や教養力のある子のほうが、自分の将来もしっかり考えられている傾向があると感じます。この差をどう調整するかも問題です。

卓也:考える力が必要か……確かに、将来どうしたいかってかなり難しい問いですよね。それに、キャリア教育は不要だという親もいませんか? 例えば、有名大学に入ることを目標にして超進学校に通わせたのに、キャリア教育で本当にしたいことを考えた結果、「よし、お笑い芸人だ!」ってなったら、親は「えー! やめてー!」ってなる気がします。学校にとっても、進学実績に響くので都合が悪いですよね。

C先生:本人が考えた結果であればそれで良い、と言いたいですが、自分の子どもだったらなおさら、良い大学に進学してほしいと願ってしまうのが正直なところですよね。大学を偏差値で選ぶわけではありませんが、偏差値が高い大学は将来の選択肢を増やすとは思います。大人の役割は、色々な大学の存在を教えてあげたり、「あなたの夢のためには、このスキルを高めると良いと思うよ」と助言してあげたりと、可能性を引き出すことではないでしょうか。

A先生:子どもが生まれた時は「元気に過ごしてさえくれれば」と思っていたはずなのに、不思議ですよね。そもそも、この国には他力本願な人が多いのも問題だと感じていて。いい大学、いい企業に入れば安泰だと思っている。「この世の中を良くするのは自分だ」という気持ちを持てるかどうかですよね。

保護者が「キャリア部」結成でキャリア教育を担う例も

卓也:でも、もし娘に「学校は辞めてアイドルになりたい」と言われたら、つい「ちょっといったん話そうか」って言っちゃうかも……。そんな時、保護者の相談に乗ってくれる専門家が学校にいるとありがたいなと思います。子どものことをよく知っている先生方には、子どもの背中を押すことに躊躇している親の背中も押してほしいんです!

B先生:親は人生経験を積んでいるので、夢を叶えられた人もいれば、叶えられなかった人もいることをよく知っているわけです。子どもがハイリスクな道を歩もうとしていたら、口を出したくなる気持ちもわかります。

A先生:最近は、保護者が「キャリア部」なるチームを作って、生徒向けに座談会形式の研修を企画する学校もあるようです。今の親は、ビジネスパーソンは世の中が激しく変化していることを知っているので、子どもたちには自分でキャリアを切りひらく力を養ってもらいたいと思い始めているのでしょうね。

卓也:保護者のキャリア部、すごいですね! 教員の負担も減るし、いいアイデアかもしれません。今はネットの時代ですし、「何者」かになるきっかけも増えています。学校がキャリア教育に注力する以前に、子どもも内心では「これをしてみたい」と考えているかも。そうした話を聞いてくれる大人も必要ですね。

B先生:細かい年号とか、ヨーロッパの学生でも知らないようなローマ皇帝とか、そんなことを教えるよりは、キャリアカウンセラーに相談する時間のほうが、よほどためになるでしょうね。せっかく秀でたものがある子が受験戦争で疲弊して消費されてしまうのはもったいない。

A先生:暗記したローマ皇帝の人数でしか生徒を差別化できない日本の評価体制も疑問ですよね。実は、キャリアカウンセラーもちょっとずつ増えていて、公立中学校への配置を推進すると明言した自治体もあります。とはいえ、ノルウェーやアメリカなどの諸外国と比べるとまだまだ少ない。理由は、日本の教育では教えることが多すぎるからです。文科省がキャリア教育を推進するのはいいですが、ほかの業務も残したままやろうとするから進まない。学校側もキャリア教育を教員だけでやろうとするのではなく、保護者や企業、NPOなどうまく協力先を探すのがよいと思います。

C先生:キャリア教育が浸透すると、学歴に依存せず、「自分がこれをしたいからこの大学に行く」と進路を選べる子が増えるでしょう。勉強もプライベートも、すべての経験が自分のアイデンティティであり、ひいてはそれがキャリアになります。変化の激しい時代だからこそ、誰かが決めたレールを歩くのではなく、自分らしいキャリアを考えてほしいですね。

卓也:僕は、会社員からお笑い芸人に転向した瞬間に、思いっきりレールから外れたキャリアを歩んでいます。これまで、売れた芸人、売れずに辞めた芸人、違う道に進んで成功した芸人もたくさん見てきました。でも、いつだって自分が本気なのであれば失敗してもいいと思うんです。突き詰めれば楽しく生きることが重要ですから、まずは大人自身が楽しく働く姿を子どもに見せてあげることかな。今は、メディアやYouTubeを通していろいろな経歴の人を見つけやすい時代なので、子どもたちには楽しそうな大人をたくさん見てもらう。そしてキャリア教育も、時代に合わせてアップデートされていってほしいですね。

(文:末吉陽子、撮影:今井康一)

→本連載の記事一覧はこちらから