日本は「英語力が低下している地域」に認定

先日、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査「PISA2022」の最新の結果が出ました。それによると、コロナ禍においてOECDの平均得点は低下した一方で、日本は、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3分野すべてにおいて前回調査より平均得点が上昇という結果になりました。

この結果について、新型コロナウイルス感染症のため休校した期間が他国に比べて短かったことが影響した可能性があることが、OECDから指摘されていますが、文部科学省は、このほかに学校現場において現行の学習指導要領を踏まえた授業改善が進んだこと。学校におけるICT環境の整備が進み、生徒が学校でのICT機器の使用に慣れたことなどのさまざまな要因も複合的に影響していると考えられるとしています。

この結果から、日本の教育改革は一定の成果を出していると言えるのだと思います。

一方英語力はというと、イー・エフ・エデュケーション・ファースト(EF)が行っている英語能力ベンチマーク「EF EPI英語能力指数」で、世界113カ国中87位。5年連続で順位を落としていて、「英語力が低下している地域」の下位に該当する結果になっています。

日本は、世界113カ国中87位。5年連続で順位を落としている
(出所:イー・エフ・エデュケーション・ファースト

1位はオランダ。同じアジア圏では、シンガポールが2位。シンガポールは、PISAでもすべての分野で1位と群を抜いて学力が高いのは注目すべきところです。それに対して日本では中・高・大と10年間も勉強しているのに、この結果はなぜなのか。これはやはり、英語教育の方法が間違っていると言わざるをえないでしょう。

大きな理由として、日本では、英語をコミュニケーションツールとしてではなく、高校受験や大学受験など、国内の受験対策に偏った英語教育が行われていることが原因と考えられています。

実際、日本の中高で学ぶ英単語は、もともと大学入試必須英単語が中心。日常的にネイティブが使わないような難しい文章を、和訳して正確に意味を理解するために、文法や単語学習に力を入れた結果、書けるけれど話せないという人が多いのです。そして、世界基準で検証すると、英語の能力レベルが低い国になってしまっているのです。

そこが問題視され、「読む・書く・聞く・話す」の4技能の習得を目指す方向に変わってはきていますが、2020年度から始まる大学入学共通テストで予定されていた英語民間試験の活用が見送られて以降、大学入試改革は迷走している感が否めません。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある

本場の英語教育に舵を切り成果を出す高槻中高

そんな中、根本的に英語学習を変えて成果を出し始めている学校があるので紹介しましょう。それは、大阪府高槻市にある私立高槻中学校・高等学校(以下、高槻中高)です。

今回は、その英語教育について、工藤剛校長と多読の授業を担当する鬼丸晴美先生に取材しました。

高槻中学高等学校の英語教育について語る工藤剛校長

高槻中高は、1940(昭和15)年に創立された男子校ですが、現在は共学化し6カ年完全中高一貫教育を行う進学校です。

この学校の英語教育の特徴は、英語で英語を学ぶ教育。採用しているのは、「Cambridge English」のカリキュラムです。Cambridge University Press & Assessment(以下、Cambridge)とのパートナーシップのもとに作られた教員研修と英語カリキュラムです。

授業では、Cambridgeが出版するテキストを使用します。これは、イギリスのケンブリッジ大学の一部局であるCambridgeが英語教育の世界的エキスパートらとカリキュラムを研究・作成し、編纂したものです。この教科書の最大の特長は、母国語(日本語)を介さずに英語を学ぶことですが、このカリキュラムを採用した理由を工藤校長に聞きました。

自身も英語教師である工藤校長は、それまでの日本の英語教育について次のように言います。

「英語教育については、一億総評論家といわれるくらい、さまざまな考え方があります。しかし、考えなくてはいけないのは、VUCAの時代といわれる今、日本の最大の課題は何かということです。

私は、かつてよりこのままでは日本は立ち行かなくなるという強い危機感を抱いていました。日本では明治維新以来、海外の知識を得るために英文和訳を中心とした英語教育が行われてきましたが、グローバル化する世界の中で、真に世界の課題を理解するためには、総合的な英語力の育成は欠かせません。

そこで、中等教育に関わるものとして、これまでの大学受験に照準を置いた日本の英語教育は変えていかなくてはいけないと考えています。その思いを強くしたのは、大学入試改革の頓挫です。英語4技能を測る民間試験が大学入学共通テストに導入することが決まり、本校でもその準備を進めていましたが、導入直前で取り消しになりました。

その時に、『何のための議論だったのか。高槻は高槻の教育をする。独自の道を行こう』と決心したのです。そして、4年前に舵を切り、グローバルスタンダードであるCambridge Englishを採用することにしました」

英語で英語を学ぶ「Cambridge English」

Cambridgeの英語カリキュラムは、知識(文法、語彙力、表現、音声等)と4技能(読む、書く、話す、聞く)のすべてをバランスよくカバーしつつ、コミュニケーションに重点を置いています。日本の英語教育とは真逆で大量のコンテクストの中に身を置いて英語に浸るうちに、次第に文法も習得していきます。まさに子どもたちが母国語を習得していく過程と同じです。

導入校のニーズに合わせて、教育方針、生徒のレベル、教員の指導力等に合わせて教材をカスタマイズすることが可能で、高槻中高でも最適かつオリジナルなカリキュラムが策定されました。さらに、英語教員は、トレーナーから助言を受けて、日々指導力の向上を図りCambridgeが求める英語教育の指導体制の基準を満たすことで、日本の中高で初めてBetter Learning Partnerとして認定を受けました。

「導入当初、これまでの日本の教科書を使った授業に慣れている先生からは、いわゆる文法や読解の授業をしなくて、日本の大学入試を突破できるのかと不安視する声もありました。しかし、英語が母国語のしかもトップクラスの大学の教材で勉強して、英語の力がつくのかと心配するのは、滑稽な話です。

確かに、京都大学の英語の入試問題は、いまだ哲学めいた難解な英文を和訳する問題です。受験を突破するために対策は必要でしょうが、その結果英語力が身に付かないのは本末転倒です。4年目の今、国内の学力推移調査でも高得点を取ることができていますし、留学生と交流しても瞬間的に英語でレスポンスできるようになっています」(工藤校長)

同校では、Cambridgeの英語カリキュラム以外にも、フィールドワークや留学生との交流、スタンフォード大学のオンライン講座など多くの取り組みを実施し、英語を「使う」力を身につけていきます。

学びの森と呼ばれる図書館で行われる多読の授業

さらに、英語教育の一環としてカリキュラムに取り入れられているのが、図書館で行われている多読の授業です。

高槻中高には中等教育としては日本一と言ってもよい図書館があります。工藤校長が探究学習の基盤として図書館を作ろうと決心し、頼ったのが鬼丸晴美先生でした。

鬼丸先生は、前勤務校でもすばらしい図書館を監修され、長く多読多聴を実践されてきましたが、工藤校長の思いに共感し、これまでの集大成として、高槻中高に赴任され、図書館の監修と英語教育の改革に取り組みました。

現在は英語の授業の一環として多読のクラスを担当しています。「学びの森」と呼ばれる図書館の蔵書は6万冊。ヨーロッパの名門大学の図書館をモデルにした格調高いしつらえで、一歩入るとまるで別世界。ハリーポッターの世界のような知の森が広がっています。その中で鬼丸先生による多読の授業が行われていました。

「学びの森」と呼ばれる図書館の蔵書は6万冊

6万冊の蔵書を有する図書館はまさに知の森

見学したのは、中学1年生の授業。まず驚いたのが、授業のはじめに行われる、5分間単語バトルという取り組みです。5分間でどれだけの単語を引けるかゲーム感覚で取り組みます。生徒たちは黙々と辞書を引き、調べた単語にマーカーを引きながら、単語リストに調べた意味を書き写していきます。

使用するのは、書籍版のジーニアス英和辞典。今は紙の辞書を使うところは少なくなりましたが、あえてそれを使っているのは、「辞書を引くという行為自体に意味があるから」と鬼丸先生。最初は辞書を引くのもおぼつかなかった生徒たちが、だんだんさっと目当ての単語を引けるようになる。その過程で単語のさまざまな使い方や表現に触れていくのです。

単語バトル。黙々と辞書を引く生徒たち。英語の本をきっかけに知の好奇心に火がつく

単語バトルが終わると、次は多読の時間です。図書館には、鬼丸先生がそろえた多読用の本や、先生が生徒たちに読んでほしいと取りそろえたさまざまな分野の原書が集められています。

人気は、イェール大学出版のリトル・ヒストリーシリーズ。4月には、英語圏の幼児が読む絵本から読み始め、わずか半年で世界美術史家エルンスト・ゴンブリッチが書いた『若い読者のための世界史』を原書で読む生徒が何人も出ているそうです。

図書館の監修と多読の授業を行う鬼丸晴美先生

「今子どもたちの活字離れが言われていますが、いくら本を読めと言っても読むようにはなりません。でも、英語の本を読むことで、読書の楽しさに気づいていくのです」と鬼丸先生。

英語の力も確実についてきていて、ゴンブリッチに挑戦する中学1年の生徒たちは、多読を初めてわずか半年で、英検3級や準2級に合格しているそうです。

工藤校長も、多読のメインの目的は英語力をつけていくことだが、副産物は計り知れないと言います。

最初は強制的な取り組みかもしれないけれど、置いてある本は本物。読み進んでいるうちにその内容に引き込まれていく。知の探究に火がつけば、子どもたちはどんどん吸収していくのです。

「英語の本をきっかけに日本語の本も読むようになります。最近は、休み時間に本を読んでいる生徒の姿をよく見かけますが、以前はそんな光景はありませんでした。しかも、生徒の問題行動もなくなった」と工藤校長。

多読は、英語習得だけでなく、知的好奇心を呼び覚ますきっかけにもなっているようです。学びの意欲を喚起し知的欲求を満たしていくことが、遠回りのようで近道なのかもしれません。

Cambridgeの英語教材も、現実社会のトピックを多く取り上げていて、英語学習を通して、豊かな文化観と国際協調の基礎を養うことができます。

英語を学ぶのではなく、英語で学ぶ。これがこれからの英語教育のスタンダードになっていけば、日本人の英語力も上がっていくのではないでしょうか。

(注記のない写真:中曽根氏提供)