「主体的・対話的で深い学び」をスローガンに掲げた学習指導要領が施行されて5年目に入りました。出だしからコロナでつまずいた感が強い教育改革ですが、現場はどういう状況なのでしょうか。
以前、変わりたくても変われない現場の実態を書きました。こちらの記事を読んで、学習指導要領が施行される前から、児童同士が学び合う授業に変えていこうと努力をされてきたという先生から、ぜひ現場を見てほしいとご連絡をいただき、やっと伺うことができました。
今回訪問したのは、大阪市東淀川区にある大阪市立大隅西小学校。原雅史校長先生に話を聞きました。
児童同士が学び合う授業はどう違うのか?
大隅西小学校で取り組んでいるのが、児童同士が学び合う授業です。授業を見せてもらってまず驚いたのが、先生も座って授業をしていることです。これは、児童と目線を合わせるためだそうですが、確かに、教師が前に立って、座っている児童に向けて話すと、どうしても上から見下ろす視線になります。
すると、先生は教える人で児童は受け手になり、主体的にはなりません。先生はそんなつもりはなくても、子どもたちは威圧感を感じるかもしれません。目線を合わせることで、自然に先生と児童の関係が変わるのです。また、教室に教卓はなく、代わりに黒板の前に踏み台が置かれていました。これは、児童が板書をしやすいようにという配慮です。
見せてもらった3年生の国語の授業では、最初は黒板を向いて座っていた子どもたちが、「辞書を取ってきて、漢字辞典の中身がどうなっているのか見てごらん」という教師の声かけと同時に、一斉に机を動かして4人グループの島を作り始めました。
後ろの本棚から持ってきた辞書を開き、早速気づいたことについてグループごとに話し合いが始まりました。その間、教師からの指示はありません。
様子を見ていると、皆主体的に授業に参加している様子で、辞書をめくりながら気づいたことを話し合っていました。先生は各グループの間を回って様子を見ながら、必要に応じて声をかけ、話し合いに加わります。驚いたのは、学び合いに参加せず、ぼーっとしている子は1人もいないことでした。
また、別のクラスでは算数の授業中。モニターに映された動画を見ながら立体図形について説明を受けていた子どもたちが、さらに難しい課題に取り組みながら教えあっていたり、コの字型になって顔を合わせながら話し合いをしているクラスもありました。
コの字型のレイアウトが基本形で、場の状況に合わせて、ペアまたは3〜4人で一組のグループに自由に変えていくそうです。グループは、できるだけ男女が混合になるようにしているとか。これも男女混合のほうが多様な意見が出やすいというエビデンスに基づいているのです。
主体的・対話的で深い学びのベースとなる「聴き合う場」
もう1つ驚いたのが、教室の後ろに教師の席があるということ。教室の前方を広くすることで、子どもたちがパフォーマンスしやすくするためだそうです。ただ後ろから見守ったほうが、子どもたちの様子がわかりやすいのではと感じました。
授業の最後の時間、子どもたちは各自のノートにその時間の授業の振り返りを書いていました。子どもたちは、さらに家で授業日記を書き、それを翌日見せ合うそうです。学びで振り返りが大切なのは大人も同じですね。
保護者からも「子どもが自分から勉強している」と驚かれているとか。私たち大人には、勉強はつらいもの、宿題はやりたくないけど仕方ないからやるものという意識がこびりついているのですね。
その様子を見守りながら、先生は宿題のチェックをしていました。先生にとっても、余裕を持てる授業設計になっていると感じました。
こんな自在なレイアウトで授業を行う学校を見たことがなかったのでびっくりしたのですが、これは東大名誉教授佐藤学氏が、40年近く前に始めた「学びの共同体」という取り組みの一環で、今の学習指導要領の基盤にもなり、21世紀型の教育として世界にも広がっています。
佐藤氏は、「学びは対話によって成立するもので、一人では学びは成立しない。聴き合う関係をつくり、対話的なコミュニティーを大切にすることで、高いレベルの学びを実現することができる。結果として、低学力の子供がいる学校でも必ず成績が伸びる」と著書の中でも述べていますが、これは、今の学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」が目指す姿そのものです。
その中でもベースとなるのが「聴き合う関係」で、その関係を作るために、机の配置をみんなの顔が見えるコの字型にしたり、3〜4人のグループの配置にしたりするなどしてお互いに「聴き合う場」をつくっているのです。私が見たのは、まさに子どもが聴き合っている場でした。
もう1つ感心したのが、大隅西小学校では教え合いではなく、「わからへん、教えて」と聞き合う声があふれる授業づくりをしているということです。
これについて、佐藤氏は著書の中でこう言っています。「教え合う関係と学び合う関係は、決定的に違う。教え合うのは、わかっている子どもがわかっていない子どもに一方的に教えるお節介の関係。学び合う関係は、わからない子が『ねえ、ここどうするの?』と質問することから出発するさりげない優しさの関係であり、双方に恩恵をもたらす」。
しかし、「わからへん、教えて」と言うには、安心して言える場作りも必要でしょう。どんな工夫をしているのでしょうか。子どもが夢中になって学び合う授業を作るために教師が心掛けることは、次の3つだと原校長は言います。
② つなぐ:「わかる人?」ではなく、「困っている人はいませんか?」と問いかけて、わからなさを共有する。
③ 戻す:いちばん大事なところは、子どもが気づくように、ペアやグループに戻す。
先生のあり方や振る舞いが、子どもたちが自分で考える力を伸ばすうえで重要なのですね。
学び合いの授業を始めたきっかけ
原校長が学びの共同体に出会ったのは、今から20年前。当時勤務していた学校は、なかなか勉強に集中できない子がいる学校でした。
当時は、通常の板書型の授業をしていましたが、授業に参加せず反抗的な態度を取る生徒たちを前に、どうにかしたいと全国の学校を回っているときに、佐藤氏に出会いました。
静岡県の岳陽中で、子どもが主体的に学ぶ授業を目撃し、目から鱗の衝撃を受けた原校長。当時、大阪でそんな授業をやっているところはなく、たった一人で少しずつ授業に取り入れていったそうです。
最初は、50分授業のうちの10分をグループワークにしてみるなどの試行錯誤を少しずつ続け、徐々にその割合を増やして、2年後には今のような子どもたちに任せる授業スタイルを完成していきました。
また転勤先の学校で、勉強が苦手な子が多いクラスを受け持ち、そのスタイルで授業を行ったところ、最初の中間テストの平均点で20点も差があったのが、学年末には逆転したのです。
当然、学校内でも興味を持つ先生が出てきて、校内研修でこの取り組みをほかの先生にも伝えていきました。「共感する先生がいる一方で、反発する先生もいる。けれど、決して無理強いはしませんでした」と原校長。
管理職になってからは、研究会「大阪学びクラブ」を立ち上げ、大阪市全域の学校にメールを出して、有志による勉強会を始めました。その研究会は今も続いています。
その後2017年に小学校の校長になったことをきっかけに、初めて赴任した東三国小学校で、学校全体の取り組みとして学び合いの授業をしたいと伝えたそうです。
教壇を外しいすに座って授業を行う児童目線のクラス運営から始めた学び合いの取り組みは、徐々に学校全体に広がり、その実践を知りたいという外部の先生が見学に来るようになったのです。
ちょうど新学習指導要領の目指す学びの姿が認知されつつあったこともあり、翌年には全校でこの授業スタイルが行われるようになりました。
当然、これまでやったことのない授業スタイルなので、初めて取り組む先生は戸惑います。そこで、校内研究の機会を増やすために、授業の様子をビデオに撮りそれを見て教師も学び合うスタイルに変更しました。これまでの教員研修は、昼間行われていて、その間研修に参加する教師のクラスは自習になっていたのが、ビデオ研修なら子どもが帰った後にできます。
またそれまでの授業研究では、若手教員のダメ出しになることも多かったのが、ビデオ研修では、子どもの様子を注意深く観察します。どんな時に子どもたちは学びに入るのか、反対に離れるのか、そのきっかけはどこにあったのかを注意深く観察するのです。
「このやり方だと、授業をする側だけでなく、見る側も学びになる。子どもの様子をしっかり見取ることで、子どもを観察する力が育まれていき、次の日からの授業に生かすことができる」と原校長。これもヒントになるのではないでしょうか。
2年ごとに転勤になるため、校長になって3校目の大隅西小学校でも、また一からの取り組みです。赴任時が研究指定校の3年目だったため、急にスタイルは変えず、2年目からビデオ研修を行い、全校で学び合いの授業に変えていきました。
私が取材したのは、ちょうど1年経った頃ということになりますが、子どもたちも先生も当たり前のように学び合いの授業を行っていました。教師になって2年目という先生も2人いるそうですが、ビデオ研修のおかげで、今では堂々と授業を回せるようになっているそうです。
佐藤氏は著書(『新版学校を改革する 学びの共同体の構想と実践』〈岩波ブックレット〉)の中で「協同的学びは、学びの本質である。伝統的な学習心理学は子どもの学びを個人の活動として研究してきたが、どんな学びも個人で行われることはない。子どもの学びの権利を実現するためには協同的学びによって、子ども同士が学び合うより他に方法はない。小グループの協同的学びが、学力の低い子どもの学力を回復する機能を発揮する。協同的学びが、学力の高い子どもにもより高い学力を保障する」と述べています。
こんなに成果が出ているのなら、もっと広がってもいいはずなのに、大阪全体の95%で従来型の一方通行の授業が行われているそうです。これは大阪だけではありません。
学び合いの根底にあるのは「子どもが学びを好きになること」
学習指導要領が施行されて、すでに5年。途中コロナによる制限があったとはいえ、個別最適化と協働的学びが言われている割には相変わらずです。これはそのために何をすればいいかが明確でなく、学びのスタイルが変わっていかないのではないでしょうか。
また、よい取り組みをしても、校長が変わるとそれが継承されにくいのも要因では。実際、前任校では全校での取り組みはなくなってしまったそうです。しかし、いったんこの学び合いに触れた教師はこのスタイルから離れられないと言います。
なぜなら、子どもたちが主体的に学ぶようになる、その変化を目の前で見れるからです。そして、それぞれの教室での実践は今も続いています。
こんな原先生の地道な活動も、少しずつですが、根付いているようです。前任校で学び合いに手応えを感じたある教員は、転勤先で研究主任になり、校長を説得して全校で取り組むことになったそうです。こうして少しずつドミノが倒れて、全体に広がっていくといいですね。
ある元都立高校の教師は、大隅西小学校の取り組みについて話すと次のような声を寄せてくれました。
教員として児童生徒の何をサポートしたらいいのか……迷える教員自身が学び合える環境が、日常的に身近にあったらいいですね。 その点、小学校全体が学び合いにシフトしているのは理想的です。教室内の誰一人、見捨てないという思いで日々過ごしていたら、思いやりも同時に育めるし、いじめも生まれないでしょう。こういう取り組みが行われていることは日本の希望です! 波紋のように広がっていったらいいなと思います。”
「多くの先生がこれまでのやり方に薄々疑問を持っていると思うけれど、改革を自分だけでやるのはハードルが高い」と原校長。自分も管理職になったから、全校で広げることができたが、それでも一方的に押し付けるのではなく、教師自身が学び合う姿勢を持てるようにしていくことが大切だと言います。
原校長が、中学校で学び合いの授業を行った結果成績が上がったエピソードを紹介しましたが、大隅西小では不登校の子が0になったそうです。これは学校が子どもにとって、安心して楽しく学べる場所になっている証拠かもしれません。
原校長は、「学び合いは、方法論として捉えられやすいが、根底にあるのは、子どもが学びを好きになること。助けてと言えることです。社会に出て『助けて』『困っている』『教えて』と伝えられることは生きるうえで大切ですが、この視点がこれまでの教育に欠けていた観点ではないか」と言います。
大隅西小では、同時に教師の働き方改革にも取り組んでいますが、これには保護者の理解も欠かせません。そういう意味では、教師にとっても学校が助けてと言える安心安全な場所であることが大切ではないでしょうか。
小中学生の不登校は過去最多の約30万人になっているという現状を考えると、今とくに公教育で大切なのは、学力を伸ばすことではなく、子どもが安心して通える場所であること。誰一人取り残さない、楽しいと思える授業を行うこと。その結果として、子どもたちが「学ぶって楽しいことだ」と思えたら、最高ではないでしょうか。そんなことを思った取材でした。
原校長の実践は大隅西小学校のホームページへ
(注記のない写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/ PIXTA)