いわゆる「魔の6月」とはどんな時期?
教師の世界に、「魔の6月」や「魔の11月」という言葉があります。この時期になると、多くの学級で子ども同士の関係の軋轢や、いじめ・物隠しなどのトラブルが起きやすくなることから、このように呼ばれています。しかし、なぜこの時期に問題が頻発するのでしょうか。
新年度が始まったばかりの頃は、子ども間の関係性や、教師と子どもとの関係性において、よい意味でも悪い意味でも「距離感」が存在します。相手の様子をうかがったり、よい関係を築こうと気を使ったりする姿が散見され、こうした状況では大きなトラブルが起こりにくいのは容易に想像がつくはずです。
しかし、数カ月経つと、その距離感がなくなっていき、これまたよい意味でも悪い意味でも「慣れ」が生じます。慣れとともに、普段の生活を送るうえでさほど多くの熱量を必要としなくなるため、子どもたちのエネルギーが余ってきている状態であるともみることができます。
とくに6月や11月は、大きな行事もなく、エネルギーをぶつける対象が少ない状況にあることが少なくありません。さらに、教師も年度当初の勢いが日々の疲れとともに減退してくる時期であるともいえます。
学級開き当初は存在した「距離感」が徐々に薄れ、子どもたちのエネルギーが余っている状態と教師のエネルギーが減退している状態が重なり、それらが引き金となってさまざまなトラブルが頻発するようになる。
これが「魔の6月」「魔の11月」と呼ばれるゆえんであると私は考えています。こうした「リスクが高まりやすい時期」を乗り越えるには、1年間の学級経営をどうマネジメントしていくかという大きな視点が必要になります。
「短期目標」で小さな波を起こし、意欲を高める
「成長曲線」という言葉があります。多くは人間の身体的発達の程度を表すために使われますが、学力や企業の成長を表す場合にも用いられます。例えば、企業の成長曲線には、事業を軌道に乗せていく「導入期」、売り上げが伸びる「成長期」、事業が安定する「成熟期」、業績が落ちてくる「衰退期」と、主に4つのステージがあるといわれます。
経営の安定に大切なのは、衰退期を見越して新たな成長曲線を創出していくことだとされていますが、実は学級経営においてもこうした見えない成長曲線が存在し、その点を意識することが大切になります。
例えば、新年度に学級目標を設定し、最初はその目標に向かって努力しようとする機運があったとしましょう。達成した子が少しずつ出てくると、学級全体のモチベーションも上がっていきます。しかし徐々に意欲は薄れ、学級全体の機運が少しずつ下がり、最後は取り組み自体が中途半端に終わってしまう……。教師であれば、多くの方が経験のある状況ではないでしょうか。
私は、こうした衰退期を見越して、1カ月程度で達成できそうな「短期目標」や「行事」を意図的に設定し、それに向けてチャレンジしていく仕組みをつくってきました。
例えば、「詩文を3編暗唱」「本を10冊読破」「1カ月間、日記をつける」などの目標です。百人一首やかるたの大会などを企画して、そこに向けて1カ月ほど練習を続けていく、あるいは「ビブリオバトル」や「大縄チャレンジ」など、日々の学習と関連づけて行事を設定するのもお勧めです。多くの学級で開催される「お楽しみ会」もただ単に開催するのではなく、アイデアを「プレゼンテーション大会」で出し合う形を取ってから催すのも面白いでしょう。
要は、「余りがちなエネルギーをプラスに転換する場や仕組みを整えられるかどうか」が大切だということです。
実は、この短期目標の話は、私が初任時代に通っていたサークルの先生から教えていただいたこと。まさに「魔の6月に合わせて波を起こそう」というお話でした。当初はピンときませんでしたが、教わったことを素直に受けてチャレンジしてきた結果、これまでの教員人生で「魔の6月」が訪れたことはついにありませんでした。
むしろ、どんな目標やイベントを設定すると子どもたちのモチベーションが上がっていくだろうかと考え続ける中で、たくさんのプラスの財産を得たように思います。「子どもたちは、簡単に得られる成功よりも、1カ月ほどの道のりを経て得た成長や成功のほうが何倍も喜ぶこと、それが学級全体のモチベーションを高めてくれるきっかけになること」をこの時期を通じて知ることができました。
「魔の6月」は、むしろチャンスの時期でもあるということですね。
「長期目標」で大きな波を起こし、成功体験を生み出す
ここで大切なのは、「余りがちなエネルギーを出し切る仕組み」や「減退しがちなモチベーションを高める仕組み」をつくる観点や方法を持っておくことです。この引き出しが多いほど、子どもたちの実態に合わせていろいろな成長の波を起こせます。
そのために大切なことは、「情報の仕入れ先」をつくっておくこと。教職は、先人が紡いできた叡智の一端を子どもたちに渡していく仕事ですから、“情報弱者”の状態で、自分だけの感覚や考えだけで仕事を進めることはお勧めできません。
「仕入れ先」は、本、雑誌、音声資料、映像資料、インターネット、セミナーなどさまざま。職場の同僚に直接教えてもらうことも非常に大切なことです。最高かつ最新の情報は、つねに「人」が持っています。積極的に「人」とのつながりをつくり、教えを請う中で着実に引き出しは増え続けていくでしょう。
また、短期目標と合わせて「長期目標」をいくつか設定すると、1年間を通じて余ったエネルギーを放出し切る仕組みがより整い、効果的です。年度当初に作っておくとよいですが、5月でも十分間に合います。
例えば、「日記を1年間で100日分書く」「逆上がりを全員達成する」「本を100冊読破する」「有名詩文を20編暗唱する」「大縄跳びで100回連続を達成する」など、達成までに数カ月を要するレベルのものがふさわしいです。
もちろん、長期目標の内容も学級の実態に合わせて設定することが大切です。最初に教師が大きな目標を掲げるというより、子どもたちの中からチーム目標のようなものが生まれてくるように短期目標と連動させながら進めるやり方もあるでしょう。
短期目標が小波とするならば、長期目標は大波。達成に時間がかかる分、力を合わせる中で得られた大きな成功体験は、学級のあり方を劇的に前進させる起爆剤になりえます。
いずれの目標も達成できたときは、全員で喜び合い、たたえ合いたいですね。例えば次のように声をかけてあげることで、子どもたちはいっそう今までの道のりへの価値を思い、共に壁を乗り越えた仲間を大切に思うようになるでしょう。
「最初の記録は○○回だったね。そして、あそこから数カ月間練習して、今ではこれだけの記録を出せるまでになった。結果として表れた数字という『見える成長』もすばらしいけれど、さらにすばらしいのはみんなの中に生まれた『見えない成長』だと思っています。この目標へのチャレンジを通して生まれた、目には見えない数々の成長が、何よりうれしいです。本当におめでとう」
「変化の兆し」を鋭くキャッチできる感覚を磨こう
「魔の6月」は、保護者との関係性にも変化が出てきやすい時期だといわれます。そこにも、先んじて手を打っておくことが望ましいでしょう。
保護者の方々は普段学校の様子がわからず、わが子の言葉だけが唯一の情報源になっている方も少なくありません。親子の会話がほとんどない状況にあるご家庭もあります。つまり、不安が生まれやすい状況にあるご家庭が少なからず存在するということです。
そうした前提に立ち、学校側から積極的に情報を渡していくことはプラスの効果を生み出します。
例えば、学級通信を通じて学級や子どもたちの様子を伝えていく方法があります。ほかにも、電話やメール・一筆箋などを活用して子どもの成長を伝えていく方法もあるでしょう。
また、学級経営に保護者の方々が参加できる余白を設計する中で、豊かな関係性を紡いでいく方法もあります。ともすると、学校は「提供者」で家庭は「受給者」のような関係になりやすく、その関係性がトリガーとなってトラブルが起きるケースも少なくありません。だからこそ、従来の学校教育に象徴されるレストランのような「提供型」ではなく、保護者の方々が参加・協力ができるバーベキューのような「参加型」に舵を切るのです。すると、最高の協力者となってクラスをバックアップしてくださるようにもなります。
企業の成長曲線しかり、学級の雰囲気しかり、保護者との関係性しかり、あらゆるものは日々変化しながら絶えず動き続けています。一時はうまくいっていた取り組みも、その状況は刻々と変化します。そうした変化の様子や兆しを鋭くキャッチしようと努めることこそが、安定した学級経営を行ううえでは重要です。
絶対的な解が存在しないことこそが、学級経営の難しさであり面白さでもあります。だからこそ、教師自身が過度に特定の手法を信じ込んでいるときは、黄信号が灯っている状態だといえます。
「余りがちなエネルギー」も「減退しがちなモチベーション」も、それをキャッチするために必要なのは、「感じ取ろうとする姿勢」。かたくなで変化を嫌う姿勢ではなく、日々変わり続ける子どもたちのように教師自身も柔軟な姿勢で進むことが、変化の激しい現代においてはとくに重要であると私は感じています。
そのために最も大切なのは、教師自身が日々上機嫌で仕事に当たれるようにすること。自身のアンテナの感度を高めるためには、上手に休息や余白を設計し、心や体の調子をよい状態にして仕事に向かうことも非常に大切です。変化の波を敏感にキャッチできる感覚を研ぎ澄まして、1年間の学級経営を進めていってください。
(写真:渡辺道治氏提供)