eスポーツとは、エレクトロニックスポーツの略で、スマホやパソコン、テレビなどの電子機器を用いたゲームにおける対戦をスポーツ競技として捉えた名称だ。

世界におけるeスポーツの競技人口は、今や1億3000万人以上といわれ、欧米や中国、韓国を中心に市場が拡大している。最近では、その波に乗り遅れていた日本でも、さまざまなeスポーツの大会が開かれるようになり、プロ選手も活躍するようになっている。

こうしたeスポーツの大会の中には、中学生や高校生などを対象にしたものも少なくない。現在、まさに開催中の「全国高校eスポーツ選手権」も、その1つだ。前回大会には全国から194校346チームが参加。4回目となる今年は、新たに人気ゲーム『フォートナイト』が加わり、サッカーゲーム『ロケットリーグ』、バトルゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』の3タイトルで優勝を競う戦いが始まっている。

ゲームと聞くと、それだけで懸念を示す保護者も少なくないが、なぜ高校生向けにeスポーツの大会が開催されているのか。それは文部科学省や経済産業省が、eスポーツの成長支援を打ち出していることからもわかるように、産業としてはもちろん、人材育成の手段としてeスポーツ が有効とみているからだろう。

eスポーツ自体に教育的効果がある!?

この分野に早期から取り組んできたのがNASEFだ。NASEFとは北米教育eスポーツ連盟(North America Scholastic Esports Federation)の略。2017年に設立された新しい団体で、拠点は米カリフォルニア州オレンジ郡アーバインにある。第2のシリコンバレーと呼ばれ、多くのハイテク企業が集まる街だ。

こう言うと、eスポーツの普及を担う団体のように聞こえるが、そうではない。NASEFは、子どもたちの可能性を広げるために「次世代の教育をeスポーツで活性化させる」ことを目的としている。

NASEFはeスポーツの普及ではなく、あくまでeスポーツを通しての人材育成を目指している

つまり、eスポーツを学習や教育を促進するための効果的なツールとして活用することで、主に中学生や高校生の知能向上、社会性・情動性を育むソーシャル・エモーショナル・ラーニング(社会的感情学習)の向上を目指している。現在、その取り組みは海外にも広がり、カナダやメキシコ、韓国など世界11カ国に拠点がある。

日本本部であるNASEF JAPANの設立は20年。日本では現在、高校生を対象として生徒たちの成長に寄与し、社会で活躍する人材育成の支援を目指している。もちろん日本でも、eスポーツの普及ではなく、eスポーツを通じて学習や教育を効果的に推進することを堅持していることが特徴だ。しかし、なぜeスポーツを教育ツールとして採用したのだろうか。NASEF JAPANの内藤裕志氏は、大きく分けて3点あると説明する。

「まず1つは、多くの子どもたちがゲームに接していること。そもそも子どもはゲームが好き。サッカーや陸上に取り組んでいる子どもの数より、ゲームをしている子の数のほうがだいぶ多い。つまり、eスポーツを窓口とすれば多数の子どもたちにアプローチできるメリットがあります。次に、私たちは学習ツールとして活用することで勉強好き、スポーツ好きな子どもと同じように、ゲーム好きな子どもにスポットライトを当てることができると考えました。eスポーツの大会やコンテストなどを活用して、今までにない活躍の場を生み出しています。

さらに、eスポーツ自体に教育的効果があるという調査研究があります。ゲームといえば、これまで学習の障害になるとネガティブな視点で見られてきましたが、eスポーツは有力な教育コンテンツとして、とくに論理的思考や問題解決力をはじめとしたSTEAM教育、またコミュニケーション力を身に付けることができる。そうした点から、私たちはeスポーツを次世代の成長のツールとして採用しています」

内藤裕志(ないとう・ひろゆき)
北米教育eスポーツ連盟 日本本部(NASEF JAPAN)統括ディレクター/北米教育eスポーツ連盟(NASEF)eスポーツ戦略室チーフ
国内大学卒業後、スポーツ用品物流企業を経て渡米。米国の大学でスポーツ経営修士課程を修了後、ロサンゼルスを拠点にするスポーツエージェント企業で、選手のマネジメントや新規事業開発を担当。日本帰国後は、PR会社にてスポーツビジネス事業担当を経て、エンターテインメント産業やエリア開発領域などで、スポーツIPを活用した事業開発に従事。2019年より北米教育eスポーツ連盟に参画。長年のスポーツビジネスの知見を生かし、eスポーツを通じた次世代の可能性の拡大と成長の促進に取り組む

今、日本でもeスポーツを中学校や高等学校の学習現場、部活動などで採用する学校が増加していることをご存じだろうか。実際、NASEFではeスポーツを学習や部活動で採用した学校数について調査している。18年と21年の学校数を日米で比較すると、米国では72校→1682校、日本でも71校→285校と米国には及ばないものの、日本でも増加傾向にあることがわかる。

「これはeスポーツの学習効果について学校も相応の認識を持っていることを表していると考えています。NASEF JAPANとしてもeスポーツを普及させるというよりも、生徒の成長を促進する学習ツールの1つとして活用していきたいと思っています」

eスポーツを学校の学習現場に導入する効果とは

では、こうしたeスポーツを学校の学習現場に導入することによって、どのような効果が生まれるのか。その効果の1つが、生徒たちの知能向上や社会性・情動性を育むソーシャル・エモーショナル・ラーニング(社会的感情学習)の向上だという。この効果が高まることで、生徒たちにある変化が見られた。

「米国の成績評価指標であるGPA(Grade Point Average)を使って、eスポーツ導入前後の変化について研究をしました。その研究では、生徒がeスポーツをやる前よりも、やった後のほうが、生徒の欠席率が減少していることがわかりました。また、その生徒たちの成績が上がったという結果も見られました。つまり、eスポーツによって、学校での学習態度や活動がより積極的になり、その結果も表れやすいという効果を示唆していると考えられます」

日本でもeスポーツを学習ツールとして採用する学校が増えている。現在、NASEF JAPANに加盟している学校数は151校(21年9月30日現在)。全国の公立、私立高等学校、または国立高等専門学校などがeスポーツを学習の現場や部活動として活用し始めているのだ。生徒たちがeスポーツを好きなことはもちろんだが、一方で課題もあるという。

「先生たちがeスポーツを部活動としてどのように運営すればいいのか、教育のツールとしてどう使えばいいのか、学校の広報活動としてeスポーツをどうアピールすればいいのかといった問い合わせが増えており、私たちもウェビナーや勉強会を開くなどして対応しています。またNASEF JAPANでは、こうしたeスポーツを導入した学校を横でつなぐ機能も果たしたいと、先生向けのカンファレンスや交流会を開くなど、学習効果を蓄積できるようコミュニティー化も図っていきたいと考えています」

日本でもeスポーツを学習のツールや部活動に活用し始める学校が増えている。通信制のクラーク記念国際高等学校にはeスポーツ専攻もある
(写真:クラーク記念国際高等学校提供)

ただ、eスポーツでゲームといえば、どうしても気になってくるのが保護者の反応だ。子どもがゲームをやることに対して、ポジティブに考える保護者は少ない。

しかし、NASEFでは、保護者の懸念を払拭するためにも、eスポーツと次世代科学、英語教育、社会的感情学習などとの関連性を深めるカリキュラムを開発。むしろ科学、技術、工学、芸術、数学を重視するSTEAM教育につなげていくことで、eスポーツにおけるゲームの概念を変えようというチャレンジを行っている。

「ほかにも私たちはガイドラインを設けるなどeスポーツにおける行動規範も作成しています。私たちは、生徒、先生、保護者がeスポーツの学習の価値を体験できるように互いを結び付け、すべての生徒がeスポーツを通じて、将来的に仕事や生活面がうまくいくために必要なコミュニケーション能力、リーダーシップ、献身や忍耐、協調性や相互理解、そして問題を解決するスキルを身に付けてほしいと考えているのです」

eスポーツには学習面のほかにも、ビジネスとしてさまざまな要素が含まれるからだ。実際eスポーツからは、ストラテジスト、主催者、コンテンツクリエーター、起業家といった職業が派生するという。eスポーツのエコシステムを確立させるためにも、こうした役割を担う次世代の人材を同時に育成していきたい。大会の運営を高校生が担うことになれば、コミュニケーションやマーケティングを学ぶ機会にもなる。

今後、NASEF JAPANは生徒、教職員、保護者の3者を対象に据えて活動を行っていく方針だ。生徒向けには、コンテンツ企画制作のコンテスト大会となる「eスポーツクリエイティブチャレンジ」を開催するなどゲーム大会以外にも活動の場を広げ、教職員向けには「eスポーツ国際教育サミット」などイベント交流会を開いていく。また保護者向けには、研究機関と調査したエビデンスを結果報告として情報発信していくという。

「NASEF JAPANでは、eスポーツを通じて、生徒、先生、保護者の皆さんに、グローバルな視点での考え方や情報に触れ、すべての生徒がよりよい人生を送るために必要なコミュニケーション、協働作業、問題解決のスキルを習得できる機会を得てほしいと考えています。私たちは、eスポーツと教育を融合させた新しい教育の可能性を、先生や生徒の皆さんと分かち合えることを目指してこれからも活動を進めていきたいと思っています」

大人は、パソコンを使った教育や動画を使った勉強など、自分が子どもの頃にはなかったテクノロジーに子どもが強く引きつけられることに懸念を抱く。そういった理解が得られにくいものの中でも、ゲームの歴史はとくに長い。だが、eスポーツという新しい産業が生まれ、ゲームに対するイメージも変わる中、大人も新しい研究や情報をキャッチアップしておく必要はありそうだ。

(文:國貞文隆、注記のない写真:すべてNASEF JAPAN提供)