学校との連携も期待される、2020年に生まれた新制度

文部科学省が推進する「社会教育士」制度は、2020年に始まった比較的新しい仕組みだ。「社会教育主事」という専門的教育職員の制度をベースに、より裾野を広げるべく一部改正してスタートが切られた。社会教育主事は都道府県・市町村教育委員会からの発令がなければ就くことができない職務だが、社会教育士の場合は所定の科目を修了すればその称号を得ることができる。想定する対象は教職員や行政職員のほか、NPOや企業に所属する人などさまざま。こうした人材を増やすことで目指すのは、その名のとおり社会全体の学びによって地域の課題を解決することだ。

だが、探究学習における地域連携のニーズなどにより、学校教育とつながる実践も重視されている。例えば地域福祉の視点から子どもの居場所づくりに取り組む例(島根県)では、「居場所」での子どもの様子が小学校としっかり共有されている。岡山県では、小学校の校長自身が社会教育士となり、働き方改革とコミュニティー・スクールの導入を両輪で進めたケースもある。文科省の担当者によると、自治体を対象に行った聞き取り調査でも、社会教育士には学校との連携を望む声が多いそうだ。

木下通子氏は2021年に社会教育士の講習を修了し、現在は主に埼玉県で活動している。彼女の本業は、名門として知られる県立女子高校の学校司書だ。

木下通子(きのした・みちこ)
社会教育士・埼玉県立浦和第一女子高等学校 学校司書
現役の高校司書として働きながら「みちねこ」として本と人をつなげる活動を展開中。その名からこの日のイベント中も猫耳を着用。近著に『知りたい気持ちに火をつけろ! 探究学習は学校図書館におまかせ』(岩波書店)がある

「本と人をつなぐ仕事がしたいという気持ちから司書になったので、校内でもビブリオバトルを開催したり、先生と協力して探究学習に注力したりしています。また、県内の高校司書と一緒に、『埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本』という企画に取り組んできました。現在勤めている高校には本に親しむ生徒も多いですが、地域のすべての子どもがそうかと言えばそんなことはありません。例えば家に一冊も本がないという子や、書店の存在すら知らないような子もいます。本によって得られる生きる力や広い世界を、そうした子どもたちにも知ってもらうにはどうしたらいいのか。それをずっと考えていました」

そんな折に知ったのが、社会教育士という新たな制度だった。「私は学校司書としては実績のあるほうだと思うのですが」と笑う木下氏だが、学校の外で活動しようとすると「なぜ一介の高校司書が」と言われることもあった。だが社会教育士になれば、地域社会の課題に胸を張って取り組むことができる。「これだ」と思った木下氏はさっそく所定の講習を受け、晴れて社会教育士となった。

人や地域、情報をつなぐコーディネーターとして尽力を

取材当日、木下氏はさいたま市の書店で「まわしよみ新聞」のワークショップを開催していた。対象となるのは地域の小中学生とその保護者。高校司書としてではなく、社会教育士「みちねこ」として地域に向けて行うイベントだ。

終了後に感想を聞くと、子どもたちは「新聞ってあんまり読んだことなかったけど、いろんなことが書いてあっておもしろかった」と答えた。新しいメディアと出合い、文字や文章に親しむこうしたワークを通じて、子どもたちの本の世界の入り口が開くことを期待している木下氏。この日も「新聞でおもしろいと思ったことを、本でもっと深く知ることもできます。こんな本もこんな本もあるからぜひ読んでみて」と、おすすめの書籍をいくつも紹介して、イベントを締めくくった。

子どもたちは日頃あまり接することのない新聞というメディアに興味津々だった

司書が図書館で出会えるのは、意思を持ってそこを訪れる人だけだ。木下氏は図書館に来ない子どもたちにこそ本の魅力を伝えたいと考え、自ら地域に出ていける社会教育士になった。今、同氏の活動は多岐にわたる。子ども食堂やNPO法人との取り組みもその1つだ。

「おうちに本がないお子さんでも、子ども食堂に来たときに本があれば手に取ることもあるでしょう。それなら子ども食堂に本を継続的に入れていくことはできないかと思って」

そう考えて方策を探る中で、木下氏は埼玉県の子ども支援課の助成金の存在を知った。

「社会教育士なんですけど、と名乗ってさっそく県の担当課に電話しました」

称号のおかげでさまざまな問い合わせがしやすくなった、と木下氏はにっこりする。残念ながら助成金は本の寄付や購入には使えないとのことだったが、そこで同氏は「読み聞かせボランティア養成講座開催のためなら給付を受けることができる」というアドバイスを得た。該当する活動を行う知り合いの団体に連絡してみると、「その助成金のことは知らなかった。ありがとう、問い合わせてみる!」と喜ばれたという。

こうした情報のハブになることも、社会教育士の非常に大きな役割だ。発揮すべきは人や地域、情報をつなぐコーディネーターとしての力だ。木下氏は従来からこうしたことを心がけていたが、講習では改めてそのノウハウを学ぶことができ、気づきが多かったと振り返る。

「我流でやってきたプレゼンテーションやファシリテーションについてもきちんと知ることができて、その後の活動にとても役立っていると実感しています」

また、社会教育士になるための学びは、現役の教員にとってもためになると語る。

「講習では法律も勉強するのですが、これがとてもよかった。現場にいると、文科省からいろいろな通達が来て『なんでこんなことを?』と思うこともあると思います。でも法改正のタイミングなどをきちんと知ることで、求められる指導の根拠がわかって納得できる。それに今は探究学習でも、地域の特色や教育資源を生かすことがトレンドになっていますよね。指導する教員には地域とつながり、子どもたちと学校の外の大人をコーディネートするスキルも求められます。こうした背景もあって、社会教育士を目指す教員が増えているのだと思います」

※陸奥賢氏が考案したワークショップ。それぞれが興味を持った新聞記事を切り抜いてプレゼンし、トップ記事を決めて壁新聞を作るもの

目標は「あなたじゃなきゃだめだ」と言われないこと

社会教育士になりたい人が増えている一方で、称号は得たものの、何をしたらいいのかわからない人も多いそうだ。そうした人の参考になる話をしてほしいと、講師として招かれることもある木下氏。他県に赴く際には、その場に集まった地域の人同士がつながり、そこから何かが生まれるようなワークを行いたいと心がけている。

「本当は、地域の課題やニーズはその地域にいてこそつかまえられるもので、私が遠くから行ってアドバイスするようなことではないはず。社会教育士は講習を終えたからといってお金を稼げるようなものでもありません。自らの経験や得意分野を、地域の課題解決にどう活かすことができるか。一人ひとりが自分なりに考えることが重要だと思います」

社会教育士になることは、大学院に進むことと似ているかもしれない。受け身で何かを教えてもらうのではなく、自ら課題を設定し、研究計画書を用意して学ぶのが大学院だ。社会教育士も同様に、やりたいことを明確にしてこそ、講習での学びや個々の経験を活かせるものだといえそうだ。木下氏の場合はもちろん、「本と人をつなぎたい」というぶれない思いが軸になっている。同氏はこの日行ったまわしよみ新聞のワークショップを例に、気になる点を挙げた。

「今日のワークショップでは、大人が子どもの新聞を見て『スポーツ新聞の写真が多くてにぎやかだね。この発想はなかったな』なんて言っていましたし、大人が作った新聞を見て『見出しをつけるとかっこいい』と気づいた子どももいて、お互いに刺激を受けていました。異なる年齢の人が混ざって活動することには大きな価値がありますが、このとき大切なのは、大人が子どもを尊重すること。大人と子どもの混合グループを作ると、子どもの作業に手を出したり場を仕切ったりしてしまう大人もいます。そして残念ながら、社会教育の場でも同じようなことがある。自分の経験を生かすことに重きを置きすぎて、対象ではなく自分のほうを向いてしまっている人もいるのではないでしょうか」

そして木下氏は、視点を「持続性」に置いてほしいと続ける。

「地域と人をつなげるという意味では、自分がいなくなっても続けていける方法を考えて地域に根付かせてほしいのです。私自身、『木下さんじゃなきゃだめだ』と言われない仕組みづくりを目標にしています。新しい仕組みだからこそ、何でもやってみることができる。私ももっと勉強して、どんどん引き出しを増やしていきたいと思っています」

自身の経験から、木下氏は学校司書が社会教育士になることもとても有効だと感じている。人と情報を結ぶという役割をすでに担っており、「図書館」という公共性のある視点から、学校と外をつなげることもできるからだ。ほかにも、全国には多文化共生や防災などを軸にして活動する人もいる。動き出したばかりの制度だが、社会教育士自身が軸を定めて活動できれば、その可能性は大きい。

(文・撮影:鈴木絢子)