《若手記者・スタンフォード留学記 18》アメリカ式教育の、強みと弱み

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 「日本の教育は机上の空論ばかりで、社会に出ても役に立たないけれど、アメリカの教育は実践的だからすばらしい」。日米の大学・大学院教育を語るとき、こうした意見がよく聞かれます。

この通説は、ある一面では、間違いではありません。

ただし、問題は「実践的」という言葉をどう定義するかです。すぐ仕事に役立つハウツー的な実践性なのか、もしくは、新しい思考のフレームワークを授けてくれるような、深い意味での実践性かによって、話は異なります。

まずは、ハウツー的な実践性について考えてみましょう。

つい先日も、ビジネススクールから組織論を専門とする先生がやってきて、「仕事場での賢いフィードバックのやり方」について講義をしてくれました。その中身はというと、「相手を批判するときはタイミングが大事」「相手をほめるときは笑顔で、起こるときは怒った顔。表情と話す内容に一貫性を持たせなさい」なんていう、ありきたりの話です。

他にも、グループを組んで、賢いフィードバック法を練習したのですが、社会人経験のある人間にとっては、”おままごと”のような感じです。「そんなことわざわざ座学で学ぶ必要ないんじゃないの。実際に社会経験を積んだ方が早いでしょ」と思ってしまう内容です。

思うに、いくらビジネス本を読み漁っても、良いビジネスマンにはなれません。

こういうハウツー的な部分は、やはり実際に経験を積み重ねて、自分流のフォームを確立する方が、100冊の本を読むよりも効率的です。つまり、いくらアメリカの大学院が日本より実践的だといっても、22歳のときに、アメリカの職業大学院(プロフェッショナルスクール)に留学するのと、日本の会社に新入社員として入社するのを比べると、後者の方が断然身のあることを学べるように感じます。

ただ、私はアメリカのシステムの方が断然フェアだとは思います。

日本の場合、新卒で良い会社に入れれば、アメリカの一流大学院でも受けられないような実践的なオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)を、給料ももらいながら体験することができます。その一方、新卒で就職活動をしくじると、実践的なスキルを伝授してくれる大学院が少ないので、敗者復活が難しいわけです。

一方、アメリカの場合、業界関係者以外にも、職業大学院などを通じて、仕事のノウハウが公開されているので、アウトサイダーとインサイダーのスキルの差が比較的少ないわけです。大学を卒業して、3年ぐらい働いたあとに、MBAに行って、マネジメント予備軍になる、ジャーナリズムスクールに行って、ジャーナリストになる、といった進路変更が容易です。つまり、ハイレベルな職業大学院は、若者にとって最高のセーフティーネットになるわけです。

ハーバードMBAは、軍人を育てるための学校

では、アメリカの大学院教育は仕事に大して役に立たないのでしょうか?

そんなことはありません。むしろ、アメリカの教育の強みは、わかりにくい実践性にあるように思います。具体的に言うと「演繹的に物事を考える能力」「限られた情報から物事を予測する能力」を鍛える、良い訓練になります。

仮説を立て、それを検証し、修正していく--こうした訓練は、留学やコンサルティング会社での勤務経験がある人間は受けているのでしょうが、そうした日本人は少数派です。一般的に、日本人、とくに文系の人は、抽象的なモデルや仮説を基に、それを現実に当てはめて議論していく能力が弱いように感じます。

米国の教育で驚くことは、その内容が、抽象的、イデオロギー的であるということです。

たとえば、MBAでは20代の若者に財務や経営戦略を教え込み、データや数字から情報を読み解く訓練を徹底的に行います。そして卒業後は、主に金融界やコンサルティング、一般企業の幹部候補生として旅立っていきます。

彼らは、日本的な平社員からたたき上げで現場を知るという経験もなく、現場感覚に乏しい一方で、抽象的に物事をとらえる能力には長けています。だからこそ、ITや金融というある種のヴァーチャルリアリティ的な空間で圧倒的な優位を保てるのでしょう。

そもそも、金融界に多くの人材を輩出するハーバード大学のビジネススクールは、かつて、軍の指導者を育てるための学校でした。軍幹部の中心的な任務は「限られた情報の中から、現状を正しく認識し、相手の出方を予測して手元の兵隊をうまく振り分ける」ことです。この仕事内容は、兵隊をお金に置き換えれば、金融のポートフォリオマネージャーにそっくりです。

軍事知識と金融の相性の良さを示す一例が、現財務長官のヘンリー・ポールソン氏です。彼は、ハーバードでMBAを取得後、国防総省での勤務を経て、ゴールドマン・サックスのCEOに登り詰めています。その意味では、日本の金融業界が弱い理由の一つとして、軍やインテリジェンス関連の人材を育てる資源が乏しいことが挙げられるのかもしれません。

アメリカ的思考法の落とし穴

しかし、アメリカ流の抽象的思考が、裏目に出ることも多々あります。

身近な話をすると、過去3か月、アメリカ人の学生3人と、地元の公立学校をコンサルするプロジェクトに携わったのですが、そこで痛感したのが、問題に対するアプローチの違いでした。

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