《若手記者・スタンフォード留学記 18》アメリカ式教育の、強みと弱み

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 私は、漠然とした企画・仮説を元に、現場の人にインタビューをして、仮説を修正していくという、よく言えば「柔軟」、悪く言えば「行き当たりばったり」な仕事のスタイルが好きなのですが、アメリカ人3人は、最初の仮説設定にとにかく時間をかける。

3人ともすごく頭が良いので、議論を通して仮説を創り出すプロセスはとても勉強になったのですが、あまりに話が抽象的すぎて、どんどん現場のニーズと乖離していくわけです。案の定、現場でインタビューを進めると、見当違いだらけで、2度もプロジェクトが振り出しに戻ってしまいました。

米国の政治で、こうした過度な抽象思考、思い込みの弊害が際立つのは、外交分野、とくに戦争や戦後処理においてのような気がします。直近では、「イラクにもすぐに民主主義が根付く」と信じたのが大きな失敗例ですが、日本もアメリカの思い込みに悩まされた国の一つです。吉田茂は、日本の戦後処理を担当したアメリカ人のニューディーラーたちについてこう語っています。

「彼らは、古い政治構造を破壊し、徹底的な社会改革を行うことが日本人の生活にどんな影響を与えるかについても単純に楽観的であった。彼らのなかでニュー・ディーラーはその典型であり、計画や理念を重んじ、その実行に努力を集中して、それが日本の実情に合致して、よい結果をあげうるかどうかは、あまり意にかいしないようであった。のみならず、日本政府側の担当責任者が改革実施上にいろいろ進言忠告を試みることは、たとえば計画推進を円滑もしくは有利にしようとするものでも、しばしば占領行政に対する抵抗として受け取られ、ときには妨害と解された場合さえあった。どうもアメリカ人は理想に走り、相手方の感情を軽視しがちである。机上で理想的なプランをたて、それがよいと決まると、しゃにむにこれを相手に押しつける。相手がそれをこばんだり、よろこばなかったりすると怒る。善意ではあるが、同時に相手の気持ちとか歴史、伝統などというものをとかく無視してしまう。」(『日本を決定した百年』中公文庫、吉田茂)

ことほど左様に、アメリカのインテリは、過度な抽象化と現場感覚の欠如により、大きな失敗を犯すことが多い。しかし、彼らから学ぶこともまた多いのは事実です。

これから、日本のリーダー層の課題となるのが、抽象的思考能力(コンセプト)と現場感覚(リアリズム)のバランスです。

日本の現場主義は、トヨタを代表とするカイゼンを生み出し、製造業の競争力を支えていますが、日本人は、つい”現場絶対主義”に陥ってしまいがちです。抽象的な理論ばかりにこだわると、現実離れした答えに行きつくリスクがある一方で、現場感覚ばかりに浸ると、目の前の情報に過度に引っ張られて、問題を大局的に見られなくなります。

日本人は今、理論の有用性、抽象的思考の重要性を改めて見直すべきであるように思えます。日本の伝統的な現場主義に、欧米的な抽象思考を兼ね備えたリーダー--そうした人間を生み出すことこそが、今後の高等教育の使命だと感じます。

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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