《若手記者・スタンフォード留学記12》夫婦留学のススメ、妻が帰国して痛感するありがたさ

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 まあ、英語の勉強よりも、夫婦仲の方が重要なわけですから、夫婦留学による、英語面のマイナスは大目に見ることにしましょう。
 
面白い留学記を書くなら、夫婦留学
 
 世の中には、書籍はもちろん、ブログまで含めると、あまたの留学記が溢れていますが、不思議と独身男女の留学記はあまり面白くないように感じます(これは、自分が結婚する前から思っていたことです)。
 
 実際、私には、これがお勧めという留学記が2つあるのですが、双方とも、家族の存在が、物語に深みを与えています。
 
 一つ目は、『国家の品格』で有名な藤原正彦氏による、『遥かなるケンブリッジ』(新潮社)。氏の留学記というと、『若き数学者のアメリカ』(新潮社)の方が有名かもしれませんが、個人的には、『遥かなるケンブリッジ』の方が、遥かに味わい深い。
 
 その面白さは、藤原氏の数学分野での戦いだけでなく、息子のいじめ問題を巡って、奥さんと火花を散らしたりする、3人の子どもを持つ父親としての側面にあります。この作品は、子どもを持つ夫婦による日本人留学記の代表格といえるものです。
 
 一方、夫婦留学という切り口では、江藤淳氏の『アメリカと私』(講談社文庫)が圧倒的にお勧めです。この本は、筆者がプリンストン大学に留学した際のものですが、執筆時の年齢は今の私と同じ29歳といいますから、その成熟ぶりには驚くばかりです。
 
 夫婦留学との絡みでは、本書の中の、こんなセリフが印象に残っています。
 
 「実際米国の生活はきびしい。それは、いわば夫ひとり、妻ひとりで耐えて行くにはきびしすぎる環境である。自分のことは黙って自分で処理するのが原則であるこの社会で、かりに頼りにできる人間を捜すとすれば、それは夫、あるいは妻以外にない。<中略>もし、逆に、夫婦の間に不信が芽生え出したら、その結果は悲惨である。それは、双方に逃げ場というものが全くないからである。夫は女のいる飲み屋で憂さをはらして来ることはできず、妻は子どもの才能教育にうつつをぬかすこともできない。」

確かに、アメリカでの留学生活は、夫婦二人が密室に入れられているようなところがあります。2人でこれほど長く、一緒に時間を過ごすのは、きっとこれが最後でしょう。
 
 東京で一度も車を運転したことのないペーパードライバー同士の2人で、おそるおそる車で長時間旅行をしたり、アメリカ人と電話で保険の交渉をしたりと、日常生活を送る中で、意外と情けない部分や、たくましい部分(こちらの方が多かったことを望みます)が発見できるわけです。

夫婦留学には、「成田離婚」ならぬ、「留学離婚」というリスクもあるわけですが、濃密な時間を過ごすことで、戦友としての夫婦の絆が深まる、夫婦としての将来のビジョンが鮮明になる、といったメリットもあるわけです。われわれの場合、夫婦留学の損得勘定は、間違いなくプラスであったといえます。

まあ、余計なことも書いてしまいましたが、夫婦留学は本当にお勧めです。お互いが、仕事を中断して海外で暮らすのは、大きなコストを伴いますが、それに見合うだけのリターンを保証します。とくに、面白い留学記を書きたい人はぜひ、夫婦で留学してください。

私は後8カ月、江藤淳氏曰く“ひとりで耐え抜くには厳しい”アメリカ生活を、一人で
満喫したいと思います。


佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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