中国経済は、短期中立、中長期では悲観?(上)《若手記者・スタンフォード留学記 33》
とくに大きな問題点は、「地方の役人にとって、セイフティーネットの拡充はさして旨みがない」ということです。
地方の役人が最優先するのは“出世”と“金”です。そして、地方の役人の出世は、短期的な経済成長率で決まります。その点、インフラ投資ならば、すぐに需要拡大が見込めますし、ガッポリ賄賂も懐に入る。
たとえば、カーネギー国際平和財団シニア・アソシエイトのミンシン・ペイ氏は、「保守的に見ても、政府支出の10%が賄賂として役人の手に渡っている」との想定に基づき、「2003年の賄賂の総額は、当時の中国のGDPの約3%、860億ドルに上る」と推計しています(Minxin Pei, ”Corruption Threatens China’s Future”, Carnegie Endowment, Policy Brief No. 55, 2007) 。
インフラ投資に比べると、セイフティーネットの整備は、手間がかかるし、効果もなかなか出ないし、賄賂もかせげません。つまり、1年でも早く賄賂を稼いで出世をしたい地方の役人にとって、おいしくないわけです。こうした利権構造を壊さない限り、なかなかセイフティーネットの整備は進まないでしょう。
また、今回の旅を通して痛感したのは、まだ中国は貧しいということです。
同じ光景を見ても、各人の先入観次第でその印象は変わるわけですが、世界中のメディアの報道は、中国の発展ぶりを強調しすぎるように感じました。スタンフォードの中国人の友人が口をそろえて、「中国が日本を5,6年後にGDPで抜くなんて考えられない」と言う理由が肌で実感できました。やはり中国はまだ正真正銘の発展途上国で、「中国の中心、北京でさえこの程度の豊かさか」というのが率直な印象でした。
IMFのデータによると、2007年時点の1人当たりGDPは、日本の34,312ドルに対し、中国は2,460ドルと、ほぼ14分の1。上海の次に豊かな北京でも、7,000ドル強で、韓国(19,750ドル)の半分以下です。
中国がこのまま8%の成長を続けたとしても(為替の変動は無視)、北京のような大都市でも日本と同水準の1人あたりGDPに達するには、まだ20年はかかります。より現実的に、平均6%で見積もると、30年弱かかります。中国は、13億人という人口があるので国全体では遠からず日本を抜く巨大な経済規模になるでしょう。しかし、日本と同様な製品があまねく売れるような「無限の市場」になるがごとく信じ込むのは危険です。
結局、中国経済について考えるときは、以下のような漠然としたイメージを出発点にすれば、大きく判断を誤ることはないのではないでしょうか。
「中国は、今後5~10年の間に日本のGDPを抜く可能性が高いが、その際にも、一人当たりGDPでは日本の10分の1にすぎない。ただ、順調に行けば、20~30年後には、日本と同じGDPを持つ都市が中国に2,3個(上海、北京、天津が有力)生まれている可能性はある」。
次回も中国経済について考えてみたいと思います。
佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。
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