《若手記者・スタンフォード留学記 21》米国の知識層を充実させる知的職業の豊富さ



 一方、日本のインテリジェンス・コミュニティで使われる推定予算は、1000億程度で、この金額はアメリカの30分の1(出所:『日本軍のインテリジェンス』小谷賢著)。佐藤優氏や手嶋龍一氏が、日本でここまでもてはやされるのは、逆に言えば、日本における情報のプロ層がいかに薄いかを示しているわけです。

日本でも、海外の情報分析を一生の仕事にしたい、情報分野で国に貢献したい、という若者の受け皿となるような組織がぜひ誕生してほしいものです。

歴史的教養の重要性

最後に、日本の知的コミュニティに最も欠けているのは、歴史の教養に基づき、長い目で国家戦略を考える姿勢です。
 
 日本が、目先の出来事に一喜一憂して、目指す場所が見えないのは、考える思考の軸が短すぎるからではないでしょうか。“今現在”への興味が強すぎて、「2009年はこうなる!」といった、1年経ったら誰も読まないような本ばかりが量産されています。
 
 意外だったのですが、アメリカは歴史が浅いのにもかかわらず(もしくは、歴史が浅いからこそ)歴史に基づいて議論することを大事にしています。

1年生のときに、ステファン・クラスナーという、国際関係分野の大物教授の授業を受けたのですが、驚嘆したのは、その歴史に関する教養の深さと幅広さ。ヨーロッパや古代中国の話をしていたと思ったら、日本の薩摩藩の話が出てきたりと、歩く生き字引のような存在です。今学期は、「アメリカの東アジア外交」の授業を履修していますが、その科目でまず学ぶのは、中国・韓国・日本の現代史です。
 
 政治学や国際関係の分野でも、数学を使ってモデル化して、実務家は絶対読まないような方向性に進む流れもありますが、一方で、歴史的な視点からのアプローチも依然重要視されています。この傾向は、英国などヨーロッパではなおさらでしょう。

昨年の夏休みに、図書館にこもって、日本の国際政治分野の本を読み漁りましたが、抜群に面白かったのは、高坂正堯氏と岡崎久彦氏の著作でした。両者とも、歴史学者になれるほどの教養の持ち主なので、分析の深みが突出しています。他には、好き嫌いが分かれる人物でしょうが、中西輝政氏の分析はやはり面白い。氏の最新作『覇権の終焉』(PHP研究所)は必読書でしょう。他には、東大教授の田中明彦氏、朝日新聞の船橋洋一氏が有名どころでしょうか。
 
 日本では、歴史というと、司馬遼太郎氏の小説で味わう娯楽のようになっていますが、歴史の知識は、教養としてだけでなく、実務でも役に立ちます。

私が自動車業界を担当していたとき、最も印象に残った取材相手は、ある大手自動車会社の販売店の社長でした。その社長に取材に行った際、まず見せてくれたのが、その県の歴史を記した分厚い県史でした。「まず地域の歴史をひもといて、県民性を知り、そこから戦略を立てる」という手法を用いて、その社長は、至るところで結果を残していました。

会社側が就職試験で履歴書を見て人を判断するのも、過去が今の大部分を語るからです。恋人同士ならば、「君の過去は関係ない。今の君が好きなんだ」という甘い言葉も吐けますが(笑)、実際には、人も組織も国も、過去のくびきからは逃れられません。そんなに簡単には変わりません。

歴史の教養は、個人、組織、国家にとって、今を知り、そして、将来に向けた確たるビジョンを描くために不可欠なものです。私も、貧弱な自身の歴史の知識を高めるため、まずは大河ドラマでも見始めようかと思います(笑)。

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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