元「新聞奨学生」62歳が語る"若者への申し訳なさ" かつて日本はもっと「若者に投資する国」だった

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でも、午後から残業代が出るため、昼に帰る人はほとんどおらず、結局土曜日も一日中働いていましたね。またその頃は、大手企業だと格安で社員寮に入れたのもありました」

本連載の過去記事ーー「奨学金570万円」借りた男性が語る「超逆転人生」ーーの男性の場合もそうだったが、残業代が出る企業では、若い頃のハードワークは、奨学金返済という観点ではプラスに働くこともあるようだ(もちろんこれは、働き方改革を否定する意味合いではない)。

さて、新聞奨学生のほかに、育英会から奨学金も借りていた西村さん。学生時代から交際し、その後結婚した妻も短大に通うために奨学金を借りていたため、奨学金返済は長期間続いた。

「独身の頃はそんなに意識してなかったのですが、入社2年目に結婚し、家内に家計を任せるようになってからは、ボーナス時の返済額が結構多くて『2人の返済はいつまで続くのだろう?』と思うこともありました。返済し終えた時に、『ようやく全額返済できたよ!』と、家内が言ったのは今も覚えていますね」

しかしそれでも、返済をそこまで大変に感じたことはなかったという。背景はこうだ。

「当時は、給料がどんどん上がっていく時代だったんです」

前出の「賃金構造基本統計調査」によると、西村さんが新卒入社した1982年の大卒初任給が12万7200円(※2)だったのに対して、10年後の1991年の大卒初任給は17万9400円(※2)である。単純計算で1.4倍に新卒の給与が増える……という感じだ。一方、利息を考慮しても、奨学金の返済金額が大きく増えることはない。

「世の中が上向きだったので、あまりみんな先の心配はしていなかったのだと思います。たぶん、今の若者は先の心配をしながら働いていると思いますが、私の頃は『老後に困るかも』なんてことは考えたこともなかったんです。給料が減るなんてまずなくて、むしろ毎年上がっていくのが当たり前だと思っていました」

その後、西村さんは2人の子宝に恵まれ、奨学金を借りずに4年制の私立大学を卒業させている。振り返ってみると、数多くいる親戚の中で、経済的に豊かなのは自分を含めて、大学まで進学した前出の3人ぐらいなんだとか。

「そういう意味では、やはり私は恵まれていましたね。今の生活があるのは、大学まで進学できた結果です」

かけがえのない「新聞奨学生」時代

人生を振り返った時、新聞奨学生として過ごした日々は、西村さんにとって非常にかけがえのないものだったという。

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