元「新聞奨学生」62歳が語る"若者への申し訳なさ" かつて日本はもっと「若者に投資する国」だった

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新聞奨学生制度と日本育英会の奨学金制度を活用し、地方の国立大学に進んだ62歳の男性。返済は長期間に及ぶも、国立大学の学費の安さと、バブル景気の恩恵もあり、返済が苦しかった記憶はないようです。(写真:byryo/GettyImages)
これまでの奨学金に関する報道は、極端に悲劇的な事例が取り上げられがちだった。
たしかに返済を苦にして破産に至る人もいるが、お金という意味で言えば、「授業料の値上がり」「親側におしよせる、可処分所得の減少」「上がらない給料」など、ほかにもさまざまな要素が絡まっており、制度の是非を単体で論ずるのはなかなか難しい。また、「借りない」ことがつねに最適解とは言えず、奨学金によって人生を好転させた人も少なからず存在している。
そこで、本連載では「奨学金を借りたことで、価値観や生き方に起きた変化」という観点で、幅広い当事者に取材。さまざまなライフストーリーを通じ、高校生たちが今後の人生の参考にできるような、リアルな事例を積み重ねていく。

記事公開のたびに、多くの応募が奨学金返済当事者から届く本連載。その中でたまに存在するのが元新聞奨学生からの応募だ。今回、Zoom取材に応えてくれた西村俊治さん(仮名/62歳)もそのひとりである。

画像をクリックすると本連載の過去記事にジャンプします

「新聞奨学生は奨学金というよりも、新聞配達のアルバイトを確保するための制度みたいなものです。今もありますが、昔は新聞の部数もどんどん増えていった拡大期だったんですよ。私の家は経済的に厳しかったものですから、読売新聞の奨学生をやりながら大学に進学しましたね」

西村さんは、本連載で登場した20~30代より2~3回りほど上の世代だが、「時代」の影響がどれほどあるのか、という観点でも取り上げたい。

親は「高校で十分」と言ったが…

西村さんは1960年(昭和35年)生まれ。海を越えたアメリカではジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンが、モノクロテレビで討論会を開催していた時代だ。

「私の両親は中学を卒業してすぐ働いていたため、大学進学に関しては理解が乏しく、『高校まで行けばもう十分じゃないか』と言われました。私自身も大学に進学してまで何かやりたいことがあったかというと、とくにそうでもなかったのですが、ただ、高校が進学校だったこともあって、大学まで進学するというのが『普通』という空気だったんですよ」

次ページ「新聞奨学生」で大学進学
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