田代さんは現在も週に2~3日、半日だけ大手海運会社で働いている。デスクやメールアドレスも現役のときと同じである。ほかの時間は人事コンサルタントとして20社程度の顧問先を抱え、セミナー講師や執筆にも忙しい。仕事に関する時間も経費も、すべて自分でコントロールできるのが何よりうれしいという。家族と一緒に食事をする回数も増えた。それ以後、ずっとその会社に勤めていることを考えると、田代さんと会社の利害がしっかりと一致したことがうかがえる。
選択の提示と個別交渉
このケースでは、業務委託契約への変更を申し出た田代さんもさすがであるが、そのオファーを無視せずに受け入れた会社側の判断もすばらしい。田代さんが、もし自分の意思を示さずに、そのまま営業に転勤していれば、「働かないオジサン」になっていたかもしれない。
前回は、年次別一括型の人事運用の弊害を修正するには、「選択と個別交渉」の方向に進まなければならないと書いた。冒頭で紹介した大手海運会社のケースでは、雇用契約ではなく、業務委託契約で働きたいという田代さんの選択を、会社が彼と個別に交渉して認めたものである。
この「選択と個別交渉」の取り組みで最も問題なのは、個別交渉には手間がかかることだ。選択制の導入には全員が賛成しても、人事部や管理者が個別交渉に十分な労力をかけることができるかどうかがポイントである。
たとえば、前々回に紹介した、中高年社員に対する「道草休暇」を採用するとすれば、就業規則に「道草休業規程」を盛り込むとともに、対象とする希望者の条件の確定、会社が認める際の判断基準、手を挙げた人との面接(休業を望む理由の確認など)、代替要員の手配や復職した場合の職場をどうするかの検討などが必要だ。選択を認められなかった社員への説明責任も会社側に生じる。このように多くの労力をかけないといけない。
同時に、人事担当者や管理者には交渉できるだけの力量も求められる。これはむしろ能力の高さというよりも、その人たちの向き不向きに負うところが大きい。個別交渉に向いた人材を人事部に配置する必要がある。
社内FA制度の実例
最近は、社内FA(フリーエージェント)制度や職務公募制度を採用している企業も増えてきた。前者の社内FA制度は、現在の所属長を経由しないで、自分自身が希望する職務に直接、手を挙げる制度である。後者は、会社が新規事業や発展市場への職務を社員に示して、社員が直接、志願できる制度である。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら