岩倉具視も根負け「大久保利通」凄い交渉術の要諦

よそよそしい出会いの2人の距離が縮まった訳

大久保利通(左)と岩倉具視(右)の関係に迫ります(左写真:photo123/PIXTA、右写真: nowha/PIXTA)
倒幕を果たして明治新政府の成立に大きく貢献した、大久保利通。新政府では中心人物として一大改革に尽力し、日本近代化の礎を築いた。
しかし、その実績とは裏腹に、大久保はすこぶる不人気な人物でもある。「他人を支配する独裁者」「冷酷なリアリスト」「融通の利かない権力者」……。こんなイメージすら持たれているようだ。薩摩藩で幼少期をともにした同志の西郷隆盛が、死後も国民から英雄として慕われ続けたのとは対照的である。
大久保利通は、はたしてどんな人物だったのか。その実像を探る連載(毎週日曜日に配信予定)第8回は、倒幕における朝廷側のキーマンである岩倉具視と大久保の出会いについてお届けする。
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<第7回までのあらすじ>
薩摩藩の郷中教育によって政治家として活躍する素地を形作った大久保利通(第1回)。21歳のときに父が島流しになり、貧苦にあえいだ(第2回)が、処分が解かれると、急逝した薩摩藩主・島津斉彬の弟、久光に取り入り(第3回)、島流しにあっていた西郷隆盛が戻ってこられるように説得、実現させた(第4回第5回)。
ところが、戻ってきた西郷は久光の上洛計画に反対。勝手な行動をとり、再び島流しとなる(第6回)。一方、久光は朝廷の信用を得ることに成功する(第7回)。

西郷隆盛、大久保利通、岩倉具視の共通点

自分の人生にとって、キーパーソンとなる人の出会いには、しかるべきタイミングがある。盟友の西郷隆盛と離れ離れになった大久保利通だったが、その後、久光と京に上ったときに、新たな同志との出会いを果たす。それは公家の岩倉具視である。

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岩倉は、公卿の堀河康親(ほりかわ・やすちか)の次男として、京都で生まれた。堀河家は藤原北家高倉流の支流にあたる。

大久保と西郷は薩摩藩の下級武士の子として生まれ、岩倉は下級の公家に生まれた。大久保、西郷、そして岩倉の3人の身分は最初から決して高かったわけではないが、チャンスをうまくとらえて頭角を現すことになる。

いかにして世に出るべき逸材だと周りに認めてもらうのか――。

西郷の場合は第11代薩摩藩主の島津斉彬に見いだされ、大久保の場合は斉彬の弟である島津久光に取り立てられている。有力者に引き上げてもらったという点は、2人とも同じだ。3歳年上の先輩である西郷の背中を見て、大久保がそれにならったのだろう。

だが、2人の取り立てられ方でやや異なるのは、西郷の場合は、農政に関する意見書を何度も斉彬に提出することで、己の存在をアピールした。つまり、西郷のダイナミックなビジョンを描く才能や実力を、斉彬は意見書を通して、多少なりとも感じ取ったということだろう。

一方の大久保はいうと、趣味の囲碁を通じて、久光に自分の存在を知ってもらおうとした。いわば、「あなたの手足となる人材がここにいますよ」と伝えることで、有力者と友好的な人間関係を築くことにまずは腐心したのである。関係性さえできれば、地道な実務を積み重ねることで信頼を得て、段々と実力を認めてもらう。それが大久保のやり方だった。

では、岩倉はどのようにしてはい上がったのだろうか。

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