大久保利通が青ざめた「西郷隆盛」衝撃暴言の内容

実は理詰めで考え、納得しないと動かぬ頑固者

豪胆なイメージがありますが、実は緻密で繊細だったようです(写真:PhotoNetwork/iStock)
倒幕を果たして明治新政府の成立に大きく貢献した、大久保利通。新政府では中心人物として一大改革に尽力し、日本近代化の礎を築いた。
しかし、その実績とは裏腹に、大久保はすこぶる不人気な人物でもある。「他人を支配する独裁者」「冷酷なリアリスト」「融通の利かない権力者」……。こんなイメージすら持たれているようだ。薩摩藩で幼少期をともにした同志の西郷隆盛が、死後も国民から英雄として慕われ続けたのとは対照的である。
大久保利通は、はたしてどんな人物だったのか。その実像を探る連載(毎週日曜日に配信予定)第6回は、島流しから戻ってきた西郷に翻弄される大久保のエピソードをお届けする。
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<第5回までのあらすじ>
幼いときは胃が弱くやせっぽちだった大久保利通。武術はできずとも、薩摩藩の郷中教育によって後に政治家として活躍する素地を形作った(第1回)。が、21歳のときに「お由羅騒動」と呼ばれるお家騒動によって、父が島流しになり、貧苦にあえぐ(第2回)。
ようやく処分が解かれると、急逝した薩摩藩主・島津斉彬の弟、久光に趣味の囲碁を通じて接近し、取り入ることに成功(第3回)。島流しにあっていた西郷隆盛が戻ってこられるように久光を説得し、実現させた(第4回第5回)。

西郷のようにうまく立ち回れなかった大久保

新たな挑戦に失敗したときほど、己の非力さを痛感するものだ。大久保利通の場合も、そうだった。

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自分より先を走っていたはずの西郷隆盛が、中央の政治にかかわったがゆえに失速。島流しにされると、代わりに大久保が若き薩摩藩士のリーダーとなって、島津久光の側近へと取り立てられた。

かつて薩摩藩第11代藩主の島津斉彬に引き上げられた西郷と同じ出世ルートをたどった大久保だったが、西郷のようにはうまくやれなかった。かつて西郷が補佐した斉彬は、薩摩藩から京に上り、朝廷と幕府を結ぶ役となることで、幕政改革を促そうとしていた。それほど幕府の弱体化が著しかったからである。

だが、志半ばで斉彬は病死。弟の島津久光がその遺志を継ぎ、上洛を計画する。計画の具体的な目的は「久光が兵を率いて上洛して京に滞在し、勅命を得たうえで朝廷の守衛になること」。いわば、朝廷のガードマンを務めながら、幕政に影響を及ぼそうというわけである。

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