
大日本帝国が連合国に降伏し、第2次世界大戦が終結してから80年の今年、各メディアは「戦後80年」として戦争に関する報道を盛んに行っている。しかし、戦争は本当に終わったのだろうか。
戦闘は1945年夏に終わった。しかし、戦争被害は終わらなかった。「戦後80年」の今も続いている。広義の戦争は未完なのだ。
その典型が「戦後未補償問題」である。本稿では、「未完の戦争」の象徴としてのこの問題を論じていきたい。
元軍人・軍属とその遺族には60兆円
第2次世界大戦では、日本人だけでおよそ310万人が命を落とした(厚生労働省の推計)。うち80万人は民間人とされる。
敗戦まで、軍人や遺族らに対する補償制度があった。しかし被占領下ではGHQ(連合国軍総司令部)によって中断された。GHQは軍人や軍人遺族らに対する国家補償や援護が軍国主義の温床であると考えていたからだ。
しかし1952年、サンフランシスコ講和条約の発効によって独立を回復した日本政府は、戦没した軍人や軍属の遺族に対する補償や援護を復活した。以来70余年、累計およそ60兆円が元軍人・軍属と遺族らに支給されている。
敗戦前、民間人戦争被害者に対する補償制度もあった。しかし、日本政府はこれは復活させなかった。ここから、民間人戦争被害者差別の戦後史が始まった。
広島、長崎への米軍による原爆投下や、東京や大阪など全国各地の無差別爆撃からわかるように、民間人も戦争によって甚大な被害に遭った。
さらに言えば、海外の日本人も被害者となった。大日本帝国は国策として海外への移民を進めていた。アジア各地や北米大陸などに渡った日本人は現地で生活を営み、財産を築いた。それが、大日本帝国政府が始めた戦争によって失われてしまったのだ。
しかし、政府は何の補償もしなかった。
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