地頭がいいのに5浪した彼の自戒 「帰国子女→名門校中退→高2で大検取得」もなかなか突破できなかった医学部の壁

✎ 1〜 ✎ 145 ✎ 146 ✎ 147 ✎ 148
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
5浪して藤田医科大学医学部に進んだ山尾暁さん(写真:本人提供)
5浪して藤田医科大学医学部に進んだ山尾暁さん(写真:本人提供)
浪人という選択を取る人が20年前と比べて1/2になっている現在。「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で、浪人はどう人を変えるのでしょうか? また、浪人したことによってどんなことが起こるのでしょうか? 自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験のある濱井正吾氏が、いろんな浪人経験者にインタビューをし、その道を選んでよかったことや頑張れた理由などを追求していきます。

今回は早稲田大学本庄高等学院を中退し、5浪して藤田医科大学医学部に進んだ山尾暁(あきら)さんにお話を伺いました。
著者フォローをすると、連載の新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます。

早稲田の付属校を中退し医学部を目指す

この連載の一覧はこちら

今回お話を伺った山尾さんは、早稲田大学本庄高等学院に進学するも、中退し、5浪で医学部に入った方です。

そのまま行くと早稲田大学に通える環境にいながら、その環境を蹴って医学部を目指したのには、思わぬ理由がありました。

その衝撃の理由とは。医学部に入って、医師になった彼は、当時のことをどのように考えているのか。お話を伺いました。

山尾さんは開業医の父親と専業主婦の母親のもと、東京都葛飾区亀有に生まれ育ちました。幼少期は読み書きやそろばんができたようで、公立小学校に上がってもKUMONに通い、学校の中では頭のいい部類だったそうです。

しかし、中学受験のために日能研に小3から入ったものの、勉強する癖がなかったので成績は一番下のほうになってしまいます。

「テレビゲームに興味を持っていた子どもだったのですが、家では週に1時間という制限をされていました。その中で、日能研に通うようになったことで行き帰りにゲームセンターに行くことが可能になって、『ストリートファイターII』などのゲームをやるようになってしまったのです」

特に勉強に興味はなかったため、成績が下がったことも気にせず楽しく過ごしていた山尾さん。しかし、結局中学受験をすることはありませんでした。というのも、小学5年生になると親が離婚。留学願望のあった母親についてオーストラリアに行ったのです。

次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事