「日本初のタワマン」は意外にもさいたま市にあった...築約50年の「与野ハウス」が北与野にもたらした大きな変化と、住民たちの本音

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与野駅は1912年の11月に開業しているので、かなり歴史がある。与野市は2001年5月に「浦和市」「大宮市」と合併して「さいたま市」になったのだけど、与野市時代から人口はずっと右肩上がりだ。2000年に「さいたま新都心駅(さいたま市大宮区吉敷町4丁目)」が開業したこともあり、界隈はその後も人口を増やしている。

さいたま新都心
さいたま新都心駅界隈の風景(筆者撮影)
さいたま新都心
さいたま新都心駅界隈の風景(筆者撮影)

竣工当時はカエルの鳴き声が聞こえた

さいたま新都心駅から与野ハウスまでぶらぶら歩いた。15分ほどの道のりだ。駅周りのタワマン群を抜けてすぐにある「さいたま市立下落合小学校(さいたま市中央区上落合1-7-33)」を過ぎると、与野ハウスの入り口が見えてくる。小学校の周りは戸建ての住宅街で、落ち着いた雰囲気だ。

与野ハウス
与野ハウスの入り口(筆者撮影)

マンションの1階には、歯科、郵便局、不動産屋、レストランなどが軒を連ねている。低層階にテナントが入る造りは最新のタワマンにもよく見られるが、与野ハウスは築50年近い物件なだけあって、きらびやかなイメージはない。アラフィフの年相応に老いた感じが、なぜか落ち着く。

いくつかある店舗で、竣工当時からやっているという生花店「花はつ(さいたま市中央区上落合1-9-2)」のご主人・黒田芳伸さんに話を聞くことができた。

与野ハウス 花はつ
与野ハウスの1階にある「花はつ」(筆者撮影)
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