ご飯は「そうめんでいいよ」…その一言にネット上の怒りが収まらないワケ たかが一言?そこに透けて見える「上下意識」の罪深さ

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家事や育児、介護などの分担をめぐって、家族間で言い争いが増えて、一緒にいて心地よい存在だったはずの家族が、いつのまにか「つかれる存在」になってしまった......そんな話を聞くことがよくあります。
どうして自分の不満が家族に伝わらないの? どうしたら「つかれない家族」になれるの? そんなふうに「つかれる家族」と「つかれない家族」を考察するこの連載。
今回は、この夏にSNSで話題になっていた「そうめんでいいよ」問題を考察します。料理前に言われることが多い「〜でいいよ」の一言、それがなぜイライラを生んでしまうのでしょうか? 小さいようで実は根深い、永遠に続きそうなこの論争の解決法は?

SNSで燃えた「そうめんでいいよ」問題

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