小5・偏差値26から中学受験を目指した少女の結末 プロスポーツ選手目指す子が味わった"差別"

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本命校のサレジアン世田谷の3日入試はペーパーテストの入試以外に思考力型の入試があった。こちらはあらかじめ与えられたテーマについて、試験当日に与えられる資料を基に自分の考えを書き上げるという試験だった。

今年のテーマはジェンダー。ジェンダーは経営者でもある母香奈さんにとっても身近な話題だ。夏音さんは受験用の作文練習はしていなかったが、教科テストよりもこちらの方がチャンスがあるかもしれない。そう考えた香奈さんは、夏音さんにもちかける。

「お母さんが全力でサポートするから、2日の午後入試を捨てて、サレジアンの21世紀型にチャレンジしてみない!?」

「そうだね。分かった。やってみる!」

2日午前の入試を終え、自宅に戻った夏音さんは香奈さんと共にダイニングテーブルに向かった。

「ここはもう少し夏音の思いを伝えた方がいいかな」

「こんな展開にしていくんだよ」

経営者としても手腕を振るう早稲田大学出身の香奈さんのアドバイスは無駄がなく適切だった。数時間の練習で夏音さんの文章は見違えるほどになった。

「とにかく明日は最後まで書き切ることを目標に、やれるだけやりなさい」

正面から向き合って過ごした二人だけの時間

明るく励ます香奈さん。常に多忙な母親。姉妹もいる夏音さんがこれだけ母親を独り占めできたのは、生まれて初めての経験だ。合格することも大事だが、この濃厚な時間を持てたことは、合格よりも大きなものとして夏音さんには残るだろう。

だが、一夜漬けでできるほど試験は甘くはなかった。与えられた資料は想像したものとは全く違い、結果は不合格。前日の横浜富士見丘も合格をもらえず、一つの合格もないまま、入試3日目が過ぎていった。

4日目、横浜富士見丘と、見学で気に入っていた小規模ながらグローバル教育に優れた女子校を出願、もう気力だけの戦いだ。これが最後の入試。何度も目にした「不合格」。だが、この日、画面に現れたのは3文字ではなく2文字だった。

「合格」

夏音さんはなんと2校とも、合格していた。長い長い4日間が終わった。

「私はここで世界を目指す!」

彼女が選んだのは最後の最後に受験した女子校だった。何度もくらった「不合格」の文字。「最後まで書き切る」と母に言われたのは作文だったが、彼女はまぎれもなく中学受験という作文を最後まで書き切った。私だけのためにお母さんが時間を作ってくれたという思いが、彼女を支え続けた。

「合否よりも大きなものを、受験を通して私たち親子は受け取ったような気がします」

フェミニンな服装がよく似合う母親は柔らかにそう話す。共働き家庭が増えた現代、子どもと接した時間の長さよりも、密度が大事なのだと言われるようになった。夏音さんと香奈さんが正面から向き合って過ごした二人だけの時間は、文字通り濃密な時だった。揺るぎない母への信頼。入学式、夏音さんはほこらしげに校門前で母と二人、写真に収まっていた。

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宮本 さおり フリーランス記者

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みやもと さおり / Saori Miyamoto

地方紙記者を経てフリーランス記者に。2児の母として「教育」や「女性の働き方」をテーマに取材・執筆活動を行っている。2019年、親子のための中等教育研究所を設立。

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