そんな中でも父親は夏音さんの夢を叶えてやりたいと、留学先のリサーチを続けていた。プロ選手への夢は諦めたくない。でも、この屈辱的な扱いにはもう耐えられない……。留学情報を入手しては説明してくれる父の存在が疎まれるようになった。夏音さんの心は限界を迎えはじめていたのだ。
「わたし……もう練習いかない……競技も辞める……」
休部ではなく退部を申し出ることにした。
入試も迫る中、やる気も出ないまま、淡々とした日々が続いていく。そもそも夏音さんが中学受験を目指したのはこのスポーツでプロを目指すためだった。その目標が失われてしまったのだ。なにもやる気が出ないのは無理もないことだろう。両親は見守るしかなかった。
監督から浴びせられた「お前はダメだ」という言葉の棘は簡単には抜けない。子ども扱いが嫌いという夏音さんだが、そうは言ってもまだ子どもだ。監督のこの言葉は全てを否定されたような気持ちにさせた。
後日、父親は監督に直接抗議に行った。これは明らかに虐待じゃないのかと問い詰めたが、監督は全く受け入れる気がないばかりか「殴ってないから虐待じゃない」と言い放った。
冬の薄い日差しは夏音さんの心をなかなか温めてくれなかった。暗い表情が続く。だが、中学受験を辞めるとは言わない。数日後、こんなことを言い始める。
「私、競技をやめても生きていける術をつけなくちゃいけない……」
この思いを本人が見いだすまでにどれだけの苦しさを乗り越えただろうか。夏音さんは自らの力で再び心を立ち上げ、集中して過去問に取り組むようになりはじめた。
母子の絆を深めた思考力型入試
受験は過酷なものとなった。母親の予想通り、サレジアン世田谷は志願者を伸ばし、結果を見ると全体で1061人が出願している。
当初申し込んだのはサレジアン世田谷のみ。2月1日午前、午後、3日午後入試の3回に出願した。癖のある問題だったが、対策はしてきた。合格は夢という話でもないと思って挑んでいた。
夕方に午前の結果を見ると、合格の文字はない。落ち込んだものの、まだ午後入試の結果がある。午後の結果が出るのはどこの学校も夜10時頃になることが多い。翌日も入試かもしれないと思うと、早めに寝かせた方がいいのは分かっているが、結果を見ずに本人が寝られるわけもない。家族が見守る中でおそるおそるパソコン画面を覗きこみ、発表のボタンを押す。
「不合格」
画面に映し出された3文字を見た瞬間、緊張の糸が解けたのか、夏音さんの目から涙がぐゎっとあふれ出た。覚悟はしていた。だが、実際に泣き崩れるわが子を前に、なにも言葉が出てこない。わが子の涙は想像以上に辛かった。
次女の受験では1日に合格をもらっていたため、親もここからは初体験だ。本命サレジアン世田谷の次の入試までは1日空く。そこで、塾の先生からの薦めもあった横浜富士見丘の午前、午後の入試に申し込んだ。しかし、一度ならず2度も不合格の文字を目にすると、親もひるむ。
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