「これは、人気が上がるな……」
娘と一緒に説明会に訪れた母親の香奈さんは直感的にこう思った。
一方の夏音さんはというと、サレジアン世田谷は複数回受験することができるため、どこかの回では合格できるだろうと考えていた。万が一を考えて、あと1校くらいは志望校にしておこう、その程度にしか思っていなかった。
彼女が設けた志望校の基準は、海外留学のチャンスがある学校。ここを軸に情報を集めた結果、気になる学校が他に2校見つかる。その1校が、サレジアン世田谷と同じく、近年校名を変えて共学化、グローバル教育を強みとして推し出しはじめた千代田国際だった。数々の学校改革を手がけてきた敏腕校長が就任したことでも話題になった学校だが、説明会に参加した結果、ここは志望校から外すことにした。
「ものすごくパワフルな説明で、説得力もありました。でも、なんとなく、はっきりとこれが違うとは言えないのですが、ここは夏音とは合わないなと思ったんです」(香奈さん)
これは学校に実際に足を運んだ人にしか分からない感覚なのだが、私学は学校により受ける印象が本当に違う。学校全体や生徒の雰囲気、校舎の佇まい、その全てが醸し出す何かがあるのだ。母親の勘は当たり、夏音さんも「ここは違う」と感じたらしく、志望校にしたいとは言わなかった。
もう一つの学校は伝統校でありながら、近代的なビルの校舎を持つ学校で、生徒数もかなり少ない。だが、海外への留学チャンスが豊富にあり、海外高校に滞在しながら日本の高校の卒業資格も取れるダブルディプロマ制度もあった。集まる子たちも留学を意識する生徒がほとんどのようだった。
夏音さんは第一志望のサレジアン世田谷に受かるつもりでいたため、一応、志望校に入れておこうかという程度だったが、こうして2校の受験を決めた。しかし、塾の薦めもあってもう1校、女子校の富士見丘学園から共学化した「横浜富士見丘学園」も視野に入れることにした。
「受験で休むくらいなら辞めろ!」
志望校も無事に決まり、成績も安定、申し分のない状態で冬を迎えたつもりだった。ところがだ。粛々とやるべきことを進める夏音さんの心に、不協和音が響き始めた。
「あいつはダメだ。あいつのようなプレーはするなよ!」
練習中、名指しで罵声を浴びせられた。それは、所属するチームの監督の声だった。入試直前期の1カ月の間だけ、休部したいと申し出たところ、
「受験で休むくらいなら辞めろ!」(監督)
と言われたのがきっかけだった。レギュラーからは降格、もちろんそれは覚悟していた。休部に入るまではいつも通り練習に出ようと頑張ったのだが、行けば行くほどひどい言葉を浴びせられる。考えてみれば、チーム内に中学受験をする子はいなかった。夏音さんの所属するチームのメンバーは多くが小学校受験で大学付属の一貫教育校に入学しているため、練習に打ち込めているのだ。
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