最寄りのコンビニまでは徒歩30分以上、のどかな田園風景が一面に広がる。
地方にある全寮制の中高一貫校に通う山内哲平君(仮名・高校生)。神奈川県出身の彼は、中学入試で首都圏の難関大学付属校に見事合格したが、のちに退学。親元から遠く離れたこの学校に転校してきた。
彼にいったい何が起きたのか。その経緯を知ると、どの家庭にも起きうることと多くの親がハッとするかもしれない。
「ほかの子と違います」と言われ続けた幼少期
「幼児期から“この子はほかの子とは違います”と保健師さんから言われ、支援グループに参加することもありました」
そう話すのは哲平くんの母親の香さん(仮名)。
哲平君は、幼少期に発達障害の検査を受けたが、結果はボーダー。障害とは認定されなかった。ただし、平均より8カ月ほど遅れがみられるとされ、母親は哲平君とともに毎月、児童相談所に通った。
だがその後、家族の事情で小学校のお受験をすることに。ここから哲平君の人生は思いもよらぬ方向に動き出していく。
哲平君が年少のときのこと、母親の香さんに異変が起きた。乳房にしこりが見つかったのだ。医師の診断を経て経過観察をしている数カ月のうちに、病気は進行。あるとき帰省先の九州でしこりが大きくなっていることに気がつき病院に行くと、告げられたのは「乳がんで、すぐに治療をはじめなければ余命は1年」との言葉だった。
病気の進行が早く、決断を迫られた香さんは、長男の哲平君を神奈川へ戻し、哲平君の2歳下の娘と2人で九州に残ることを決めた。幼い子ども2人を見ながらの闘病は厳しいという医師のアドバイスに従ってのことだった。
神奈川に戻った哲平くんの面倒は、夫の両親や姉が泊まり込みで見てくれた。結局、香さんが神奈川の自宅に帰るまでには約1年がかかった。
戻ると、哲平君は夫の家族の判断で、小学校受験をする子の多い園に入園していた。後でわかったことだが、「ボーダー」と言われた哲平君に必要な療育と、お受験のための学習はとても似ており、確かに彼には合っていた。動物のカードなどを使い、何の動物か当てるクイズなど、療育で行うグループワークと似た内容は少なからずある。
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