70歳同級生3人が少年野球の応援団になった日 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(7)

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2回表。守るミラクルホークスの選手たちの顔が一様にこわばる。四球2つにエラー1つで、2アウト満塁のピンチ。こんなはずじゃなかったという空気が、陽炎のようにグラウンドから立ち上っている。

「ドンマイッ! ドンマイッ!」

身を乗り出して声をかけるが、彼らの耳には届いていないのか、表情は硬いままだ。
「団長、こうなったら『ガンバレコール』で空気を変えよう」

宮瀬が板垣の十八番を口にする。現役時代、苦しい流れのときによくやっていた応援だ。

「いや、いつもの応援歌でいこう。いくぞっ」

「えっ、ちょっと待って」

宮瀬と私は顔を見合わせる。しかし板垣は、投球姿勢に入るピッチャーに視線を注いだまま、慌てたように応援歌の音頭を取った。が、唐突すぎる始まりに3人の息が合わない。焦るほどに呼吸は乱れ、板垣は1人で突っ走り、声がばらばらと崩れた。

変なリズムの応援歌が、グラウンドに流れる。

「次はちゃんとやるから」

そんなちぐはぐな空気が選手にも伝染したのか、一塁手がゴロを捕球するも、ピッチャーのベースカバーが遅れる。焦ったキャッチャーが、すでにランナーが滑り込んでいる二塁への送球を指示してしまう。ありえない連携ミスで、ノーヒットなのに先制点を奪われた。

やり慣れた応援歌だったのに。

あれだけ練習してきたのに。

選手の力になれると信じていたのに。

空気を変えるどころか、逆に呑まれて彼らの足を引っ張るなんて……。

おかげで、死ぬのが楽しみになった
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「次はちゃんとやるから。俺に任せとけ」

杖を持つ板垣の手が震えていた。

私も「ああ」と慰めにもならない返事をするので、精一杯だった。

4回裏。張り上げた声援への手応えもなく、球場の誰もが、シャイニングのことなど気にも留めなくなっていた。

「拡声器、借りておけばよかったかな」

宮瀬が笑みを作ろうとするが、硬直した頬がそれを拒む。

「こちとら透明人間じゃねえぞ」

板垣が観覧席を振り返り怒声を発するも、やはり反応はない。

バッターボックスに健斗くんが立つと、一気に観覧席が沸いた。しかし期待はすぐに失望へと変わる。キャッチャーがミットを大きく外側に構えている。敬遠策だ。

(7月21日配信の次回に続く)

遠未 真幸 小説家

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とおみ まさき / Masaki Tomi

1982年、埼玉県生まれ。失われた世代であり、はざま世代であり、プレッシャー世代でもある。ミュージシャン、プロの応援団員、舞台やイベントの構成作家を経て、様々な創作に携わる中で、物語の持つ力に惹かれていく。『小説新潮』に寄稿するなど経験を積み、本作を6年半かけて書き上げ、小説家デビュー。「AかBかではなく、AもあればBもある」がモットーのバランス派。いつもの道を散歩するのが好きで、ダジャレと韻をこよなく愛す。

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