70歳同級生3人が少年野球の応援団になった日 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(7)

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「気合い満タンじゃねえか、ブルー」

朝8時半。少年野球場に到着した私の顔色を見て、板垣が満足そうに頷いた。

「満タンなのは胃酸だ」

私は腹をさする。起きてからずっと吐き気が止まらない。

「今年一番の暑さだって言ってたから、水分補給は忘れずにね」

宮瀬がペットボトルの水を皆に配る。

「余裕だっての。俺がもっとホットにしてやるぜ」

板垣を先頭に場内へ入る。フェンスの脇にミラクルホークスの面々がいた。周くんはチームメイトから少し離れ、整備中のグラウンドを見つめていた。

宮瀬が「背番号」と声を上げ、周くんに駆け寄った。「補欠ですけど」と照れる彼の目は、満天の星のようにキラキラと輝いていた。

「よかったですね」

そんな言葉しか出てこない私に、周くんは「試合に出たら、今度こそ絶対に打ちますから」と力強く宣言した。そして「ユニフォーム着慣れてないから、緊張しちゃって」とおどけたように笑い、トイレに駆け出して行った。その様子を追いながら、彼のチームメイトの一団に目が留まる。数人が周くんを指さし、冷めた笑みを浮かべていた。

「おめえら、なに笑ってんだよ」

声をかけようか迷っている間に、杖をついた板垣が頭突きよろしく詰め寄る。

「いや、なんでもないです」と1人が答える。

「なかったことにはさせねえぞ」板垣の鋭い目つきに、「あいつ、出られないのに自慢してたから」とぼそぼそと言った。

「補欠だって、試合に出る可能性はあるんじゃないですか」私は尋ねた。

「お情けナンバーだから」少年はゴシップ記事を伝えるアナウンサーのような口調で言った。「親が観に来るからベンチに入れただけで。いわゆる、テイサイってやつです」

彼は「体裁」という言葉を、不自然に強調する。監督か誰かが言っているのを聞いたのかもしれない。

「応援させてもらうことになってるんですけど」

「っていうか、おじいさんたち、誰ですか」

「俺らは、全ホモ・サピエンスにエールを送る応援団。その名も──シャイニング!」

「応援団」

少年たちは、冷めた口調で繰り返した。

「あれだろ、『ガンバレって言うおまえがガンバレよ』ってやつ」

別の1人が、バカにしたように言った。

「その芸人のネタ大っ嫌い」

珍しく宮瀬の目が笑っていない。

「まあ任せとけ。俺のエールでヒットを打たせてやんよ」

「応援なんかより、これ飲んだほうが打てると思いますけど」

ゴシップ少年が、持っていたペットボトルに口をつけた。

「なんだよそれ」

板垣がぬうっと顎をしゃくる。

「アスリートのために開発されたエナジードリンクですよ。効果があるって、エビデンスも出てるんですから」

そんなことも知らないのか、と彼は呆れた表情を浮かべる。

「おい、行くぞ」

監督の声がする。彼らは、「せいぜい陸上部の応援でもしててくださいよ」と言い残し、グラウンドに入っていった。

少年たちの指す「陸上部」が、練習中にバットを与えてもらえず、ひたすら走っていた周くんのことだと気づき、さらに気持ちが沈む。

「わたしたちも移動しましょうか」

希さんに促され、一塁側に設けられた観覧席に向かう。

階段状になった座席は、思っていたよりも多くの人で埋まっていた。選手の家族なのだろう。ミラクルホークスのチームカラーである、青色のメガホンを首から提げている。

希さんが親たちの輪に声をかけた。

「あのー、今日応援させてもらうことになってるんですけど」

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