実のところ独裁者になるということは、降りられないランニングマシンの上で走り続けるようなものなのだ。彼らはその立場上、「穏やかに辞任する」という出口戦略を持ちえず、常に脅威にさらされている。
独裁者は自らを支える側近たちを飼い慣らさなければならない。そして、彼らの非道な行動の背後には、裏切りや暗殺、叛乱への恐怖がある。
今回、政権のパワーゲームという視点で独裁制を読み解く『独裁者の倒し方:暴君たちの実は危うい権力構造』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。
独裁者が暗殺される可能性
歴史を振り返ると、暗殺はけっして稀ではない。
ある調査によれば、1875年以降、国家指導者を暗殺する試みは298回なされたという。そのうち、5回に1回弱しか成功しなかった。
独裁者だけを対象とした別の調査では、1946〜2010年に33人が暗殺され、それに加えて、未遂に終わった暗殺の企てが103回あったことがわかった。
独裁者の頭を悩ませる問題は、もし国民の多くに嫌悪されていたら、どうやって殺されることを免れるか、だ。
独裁者が暗殺される可能性は、その独裁者が自分の指導力に対する他の脅威から自らを首尾良く隔離することと関連している。奇妙な話だが、独裁者は他の脅威を防ぐのがうまくなるほど、その独裁者を暗殺するのが魅力的になる。
他にまったく選択肢がなくなるからであり、政権内部の人にとってさえそうだ。なぜなら、クーデターや叛乱と違い、暗殺は大規模な連携を必要としないためだ。
独裁者が権力を掌中に集め、自分の支配に対する他の脅威を実現しにくくするにつれ、ライバルたちは唯一の選択肢として暗殺に頼らざるをえなくなる。



















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