「なぜ、周くんが一番なんだ」
周くんと別れた後、皆で巣立湯に向かった。
暖簾をくぐると、希さんが「収穫ありました?」と声をかけてきた。
「応援したくなるような熱い奴はいたぜ」
「誰ですか」
「ちっさくて下手くそな周。あいつがチームで一番熱い」
板垣は言い切った。
先ほどの練習で情が移ったのか。居残り自主練をしているだけで、一番と断言してしまうことに、違和感を抱いた。
テーブルにあった新聞を何気なくめくっていると、「4番バッターの子じゃない?」と宮瀬が覗き込んできた。スカウトも注目するスーパー小学生、という見出しとともに、バッターボックスに立つ健斗くんが載っていた。地域欄とはいえ、一面級の扱いだ。インタビューを読んでいくと、1つのコメントが目に留まる。
「一番のライバルはチームメイトです。必死にがんばる仲間を見て、自分を奮い立たせてます」
チーム内の競争のほうが過酷なのだろう。強豪らしい発言に、胸がちくりと痛む。彼の言う「ライバル」に、あの周くんという不器用な少年は含まれていないだろうから。それ以上読む気にはなれず、新聞を閉じ浴室に向かった。
身体を湯船に沈める。ぼんやりとした視界の中で、壁絵のユダがせり出して見えた。湯気が水滴となり、涙のようにユダの頬をつたう。
裏切るほうだって苦しいよな。
私は努力に裏切られた側なのに、ユダに感情移入してしまう。
隣では、板垣が涼しい顔で拷問風呂につかっていた。
「なぜ、周くんが一番なんだ」
私は先ほどの違和感をぶつけた。「居残り練習してるからか?」
「居残り練習なんて、自己満足だろ」
「じゃあ……」
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