ナダルは第1セットに勝ち、たちまち試合をリードする。得点するたびに、髪の毛とシャツを元どおりに整えてから、次のサーブを打つ。
試合中の小休止の際はエナジードリンクと水を少量飲み、どちらのボトルも寸分違わぬ位置に戻す――椅子の前、自分の左側に、1本目のすぐ後ろに2本目を置き、コートに対して斜めになるように並べる。
さらに2セットを戦い、ナダルはティエムを下してまたもや全仏オープンで優勝を飾った。
プロのテニス選手にとって最も重要なのは、世界レベルの選手と戦って肉離れを起こさないことだと考えられがちだが、史上屈指の名選手ナダルは違う。「僕にとって、テニスの試合中の最も激しい闘いは、頭の中の声を鎮めることだ」と彼は言う。
彼のコート上のいっぷう変わった習慣は多くのファンにとって面白いと同時に奇妙にも感じられるが、彼自身にとっては完全に合理的なやり方なのだ。
いつも表を上にしてIDカードを置き、水のボトルをベンチの前にきっちりと並ぶように注意深く配置し、サーブの前に髪の毛を一筋の乱れもなく整えることで、ナダルは「代償的コントロール」と呼ばれるプロセスを実践している。
物理的環境に秩序をつくり出すことにより、内面的な秩序を獲得するのだ。彼が言うように「頭の中で求めている秩序に合わせて周囲を整え、試合の中に自分自身を位置づけるための方法」である。
チャッターの緩衝材として環境の要素を構築するこの傾向は、パフォーマンスの評価とは関わりのない分野にも見られる。人間が関わるあらゆる分野や環境に応用されるのだ。
その結果、人間はさまざまな方法で、自分を取り巻く環境に秩序を持ち込み、その延長で心にも秩序を持ち込む。その中にはラファエル・ナダルと同様の方法もある。
近藤麻理恵と彼女の2014年のベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』が世界的影響力を持つ理由も、それによって説明できるかもしれない。ときめきを与えてくれる物だけを残すという彼女の片づけ哲学は、環境に秩序をもたらすことで感情に影響を与えるという戦略だ。
「コントロール感」が果たす決定的役割
しかし、環境の整理は心の中で起きることにどう影響するのだろうか? この問いに答えるには、「コントロール感」――思いどおりの影響を世界に与える力が自分にあると信じること――が生活の中で果たす決定的役割を理解することが欠かせない。
自分自身をコントロールしたいと望むのは、人間の強い欲求だ。自らの運命をコントロールする力があると信じることは、目標を達成しようとするかどうか、そのためにどのくらい努力できるか、困難にぶつかったときにどれだけ持ちこたえるかに影響する。
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