「お金を使わない私」が「お金を稼ぐ」ことの意味 「買わない生活」最終回、仕事と報酬を考える

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それはどういうことかといえば、自分にとって価値あるものをつくってくれる相手とフェアな関係を結ぶということだ。1円でも安くと、自分だけが得する買い物行動をするのではなく、むしろ相手がトクするような買い方をするべきなのだ。適正なお金を支払い、可能なら感謝の思いも伝え、浮気せずに継続して買い続ける。そうすることで相手はますますよりよい製品を作り続けて自分の生活を豊かにしてくれる。

そうなのだ。私は自分が生み出すものに関しても、相手に同じようにしてほしかった。私が生み出すものを「価値がある」と思ってくださるのなら、買い叩くことをせず、私が次も価値あるものを生み出し続けることができるような「何か」を与えてほしい。

ということで、仕事に対してお金を受け取ることを恥じる必要はないんじゃないか、いやむしろちゃんと受け取ろうと思うに至ったのである。

無論、必要以上に高額のお金を欲しいなどとは思っていない。自分が考える適正な金額を受け取り、その金額以上の価値ある仕事をしようと毎回頑張る。それが私なりの相手へのフェアな態度である。そしてその受け取ったお金で、私は私の大切な人たちを応援するためにフェアにお金を使いたい。そのようなお金の流れの中に身を置くために、ちゃんと報酬を受け取りたい。

今のところ、そのように考えているわけです。

昔の価値観に戻らないために取り組んでいること

とはいえ、この「お金」と「働く」ことの関係については、まだいろいろと揺れ動くことが少なくない。一番難しいのは、一体どのくらいの報酬を受け取るのが「適正」なのかがわからないというところである。

私もなんだかんだ言って欲深さからは逃れられず、思わぬ高い報酬を提示されたりすると単純に喜んでしまう自分がいる。そのようなことが高じていくと、ふと気づけばあれほど遠ざけようとしていた、「高いお金をもらえる仕事=いい仕事」という悪魔の価値観に逆戻りしかねない。

ということで、今意識的に取り組んでいることが2つある。

1つは、必要以上の報酬が提示されたら「減額交渉」をすること。目安は、もらったお金に応えられるだけの結果を出せている、あるいは出すべく頑張れると自分で思えるかどうか。つまりはコスパを悪くしておくこと……いやどうもうまく言えないし、綺麗事に聞こえかねないことも承知しているが、お金と欲が結びつくことの恐ろしさを知っている身としては、ここは自分なりにちゃんとしておきたいのである。

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