元・横綱武蔵丸が「部屋のご飯」にこだわる理由

勝負の世界に挑む10代20代弟子たちへの視線

しかしただでさえ大所帯の暮らし。炊事や洗濯など、生活を営むだけでもさぞかし大変だろうと思いきや、意外な答えが返ってきた。

「確かにいろいろとやることはたくさんあります。でも、料理も、掃除も、洗濯も、うちの部屋では基本的に、弟子が自分たちでやることになっています。最初の頃は、私が弟子たちに教えたりもしましたが、今では兄弟子が、新しく入ってきた弟弟子に、やり方を教えます。だから、私はあまりちゃんこ場(相撲部屋の台所)には立たないんですよ」

この日のちゃんこ当番の一人、幕下の徳田さん(撮影:尾形文繁)

午前11時過ぎ、数時間にわたった稽古がようやく終わると、この日のちゃんこ番(食事当番)だという3人の力士が、すぐさまちゃんこの準備に取りかかる。「ちゃんこ」というとつい、たくさんの野菜や肉の入った鍋料理を想像するが、厳密にいえば「ちゃんこ」とは力士の作る料理全般を指す(鍋料理の方は「ちゃんこ鍋」という)。

毎食、親方が細かくメニューと味をチェック

奥から時計回りに、辛味噌ちゃんこ鍋、豚肉とじゃが芋の炒めもの、手前が武蔵川親方の大好物である鶏肉春雨(撮影:尾形文繁)

武蔵川部屋のこの日の昼のメニューは、辛味噌ちゃんこ鍋に、豚肉とじゃが芋の炒めもの、鶏肉春雨、それに白米だ。

鶏肉春雨というのは、鶏肉と春雨を生姜と一緒にゆでて、塩コショウに醤油だけで味付けした料理。優しい味わいながらも、春雨にまでしっかり染みた鶏の旨みが後を引く。このシンプルな料理が、武蔵川親方の大好物だという。対して、他の2品はご飯も進むしっかりした味付け。全体のバランスも完璧だ。

稽古中の厳しい表情とはうって変わって、武蔵川親方が穏やかな表情で口を開く。

「俺が現役だった頃は、食事の味なんて誰も気にしなかった。食えればいい、くらいのもんだった。でも、おいしくないとたくさん食べられないじゃない。気晴らしにもならないしね」

相撲部屋での食事は基本的に昼と夜の2回だけ。前日とメニューが重複していないか。栄養は十分足りているか。毎食、武蔵川親方が細かくメニューと味をチェックするのだという。また時には、全国各地から集まった弟子たちに、郷土料理を作らせることもある。それぞれが、“自分にしか作れないメニュー”をもっている。

おかみさんは言う。

「相撲部屋では、心が折れそうになることもたくさんあると思うんです。それでも、自分が作った料理を“おいしい!”ってほかの力士に食べてもらえると、少しは自信が取り戻せるじゃないですか」

武蔵川部屋では、入門してからまげが結えるようになるまでの約1年、1人で外出することができない。近所のコンビニに行くにも、たまのご褒美でファストフード店に行くにも、必ず誰か1人、兄弟子に付き添ってもらわなければならない。

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