「また手ぶらで来やがった」――。毎回法廷に手ぶらでやってくるA弁護士と筆者が知り合ったのは、今から22年前の春。バブル崩壊直後の頃である。当時、筆者は不動産担保融資専業のノンバンクB社で不良債権の回収の仕事をしており、筆者の勤務先だったB社はC社が訴えられた事件の補助参加人という立場だった。
C社が他人の不動産を勝手に買って転売したとして、元の所有者に訴えられていたのだが、C社が物件を購入する際の取得資金を融資したのがB社。融資したおカネはすでに金利とともに返済されていたので、B社も補助参加する立場になった。
このときのC社の代理人がA弁護士。当時はまだ民事訴訟法が改正になる前だったので、ほぼ月1回のペースで法廷で弁論が開かれていたのだが、毎度毎度、A弁護士は事件記録ひとつ持参せず、スーツのズボンのポケットに両手を突っ込んだ、文字どおり手ぶらスタイルで出廷。事件の内容もろくに把握しておらず、素人目に見てもふまじめ極まりない弁護士だった。
最近は多くの弁護士が車輪付きのキャリーケースで分厚い事件記録を持ち運びしているが、当時はまだ風呂敷派が主流だったから、ある程度、選んで持ち運びしてはいた。それでも法廷に手ぶらで現れるなどということは、まずありえなかったのだ。
だが、A弁護士に任せておいてC社が敗訴すれば、火の粉はすでに資金回収を終えているB社に飛んでくる。やむなく立証活動をすべて背負い込むことになったB社の代理人弁護士が、B社の担当者である筆者の前で、毎回つぶやいていたのが冒頭の一言である。
裁判は結局C社が勝訴したのだが、立証はすべてB社およびその代理人弁護士が行ったことは言うまでもない。
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