ドーナツにブランド品、女心掴むマックバカ

OB・香坂伸治氏に聞く

日本マクドナルドの業績は苦戦が続いている。ただ、振り返ってみると今から10年以上前の2002年、03年は最終赤字に沈んでいる。当時、アメリカのマクドナルドも00年前後は業績が伸び悩んだ。特に02年には四半期ベースでは数十年ぶりの営業赤字に転落、当時の社長が辞任に追い込まれた。

その後、マクドナルドは経営計画として「Plan to Win」を策定。経営資源を人(People)、商品(Products)、店舗(Place)、価格(Price)、宣伝(Promotion)に集中投資することで業績を伸ばす戦略だ。米国のマクドナルドは商品を絞り込み、教育や店舗への投資を増やし、1ドル商品の拡充などを進めてきた。アメリカの業績は2002年を底に好転、06年まで4期連続で増収増益、07年に南米のフランチャイズ契約を見直したことで減益となったが、以後は12年に至るまで増益を続ける。

この改革をアメリカで経験したのがOBの香坂伸治氏だ。日本マクドナルドに20年近く在籍、その後はクリスピー・クリーム・ドーナツを日本で大ヒットさせ、今はブランド品の買い取り・中古販売チェーン「銀蔵」の社長を務めている。香坂氏が見た“米国流”の改革とは何か。

――マクドナルドに入社したきっかけは?

僕はマクドナルドでバイトをしたことがありません。大学時代はアーチェリー部の主将をしていました。部活の先輩がマクドナルドでバイトをしていたこと、就活情報誌に「早ければ3年で店長」と書いてあって、面白そうだと思ったのがきっかけです。

大学は東京なのですが、出身地の九州に配属してもらいました。入社した1984年ごろには九州全体でマクドナルドは20店ぐらいしかなかった。最初に配属になった福岡県久留米市にある西鉄久留米店。この店に2年いて、当時、九州でいちばん大きなドライブスルーの店だった府内大橋店を経て、福岡市にあった天神の店で店長になりました。

とにかく早く店長になりたい一心で朝から晩まで働いていました。朝6時に店へ行って開店準備をして、本当は15時に帰れるのですが、21時過ぎまで仕事をしていました。

次ページ藤田田にたんかを切る!
キャリア・教育の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • おとなたちには、わからない
  • 新型コロナ、長期戦の混沌
  • コロナ後を生き抜く
トレンドライブラリーAD
人気の動画
ついに上場廃止、大塚家具の末路
ついに上場廃止、大塚家具の末路
日本初、「工場を持たない」EVメーカー誕生の衝撃
日本初、「工場を持たない」EVメーカー誕生の衝撃
男性も入れる?新業態『ワークマン女子』の中身
男性も入れる?新業態『ワークマン女子』の中身
面接や説明会で採用者が嫌う「9つのNG質問」
面接や説明会で採用者が嫌う「9つのNG質問」
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
2050年の中国<br>世界の覇者か、落日の老大国か

米国と並ぶ超大国を目指す中国。しかし中国の少子高齢化はこれまでの想定を超える速さで進行しています。日本は激変する超大国とどう付き合うべきか。エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、大前研一ら世界の賢人10人が中国の将来を大胆予測。

東洋経済education×ICT