元服、結婚と順風満帆でもかなわぬ「光君の思い」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・桐壺⑥

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光をまとって生まれた皇子(写真:星野パルフェ/PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
紫式部によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』。光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵が描かれている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第1帖「桐壺(きりつぼ)」を全6回でお送りする。
光源氏の父となる帝の寵愛をひとりじめにした桐壺更衣。気苦労が絶えなかった桐壺は病に倒れ、ついに息を引きとる。聡明で、美しく成長した源氏は、亡き母の面影を追うように、一人の女性に思いを募らせていき……。
「桐壺」を最初から読む:愛されれば愛されるだけ増えた「その女」の気苦労
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桐壺 光をまとって生まれた皇子

輝くばかりにうつくしいその皇子の、光君という名は、
 高麗の人相見がつけたということです。

 

元服の儀

まだあどけなさを残す幼い光君(ひかるきみ)を、成人の姿にしてしまうのは残念だと帝(みかど)は思うが、十二歳ともなれば元服(げんぷく)の儀(ぎ)を執り行わなければいけない。帝は率先してこの儀式の準備をはじめた。前年、南殿(なでん)で行われた東宮の元服の儀は立派だったと評判であるが、それに劣ることのないようにした。宮中のあちこちで供する饗膳(きょうぜん)も、内蔵寮(くらづかさ)、穀倉院(こくそういん)から公式規定通り調達したが、行き届かないところもあろうかと特別の指示を下し、最善を尽くして準備したのである。帝の住まいである清涼殿(せいりょうでん)の東の廟(びよう)に、東向きに帝の椅子、その前に元服し冠(こうぶり)をかむる君の席、冠を授ける大臣の席を置く。儀式のはじまる申(さる)の刻(午後四時頃)に源氏の君は参入した。角髪(みずら)を結ったその顔立ちの輝くばかりのうつくしさは、成人男子の姿にしてしまうのがじつに惜しいほどである。大蔵卿が理髪役を務める。みごとな髪を切る時、あまりにも痛ましく見えて、亡き桐壺(きりつぼ)がこれを見てくれていたらと思い出しては涙を流しそうになるのを、帝は気を強く持ってぐっとこらえる。

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