はかない別れの後、ようやくわかった夕顔の正体 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑧

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粗末な板塀に白い花がひとつ、笑うように咲いている(写真:yasu /PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」で主人公として描かれている紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第4帖「夕顔(ゆうがお)」を全10回でお送りする。
17歳になった光源氏は、才色兼備の年上女性​・六条御息所のもとにお忍びで通っている。その道すがら、ふと目にした夕顔咲き乱れる粗末な家と、そこに暮らす謎めいた女。この出会いがやがて悲しい別れを引き起こし……。
「夕顔」を最初から読む:不憫な運命の花「夕顔」が導いた光君の新たな恋路
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夕顔 人の思いが人を殺(あや)める

だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。

 

なんとか気持ちを奮い立たせ

帰りの道中は、草にたくさん露が下りている上に、ひとしお濃い朝霧が立ちこめていて、光君は、どこともわからずにさまよっているような気持ちになる。昨夜、まだ生きていた女が横たわる姿や、互いに着せ掛け合って寝た自分の紅(あか)い着物が、女の亡骸に掛けてあったことを思い出し、自分たちにはいったいどんな宿縁があったのかと、道すがらまたしても考えてしまう。光君が馬にもしっかり乗れないほど衰弱しているので、また惟光(これみつ)が付き添っていくのだが、賀茂川堤のあたりで光君はついに馬からすべり落ちてしまう。ひどく具合悪そうに、

「こんな道ばたでのたれ死んでしまうのかもしれないな。とても帰り着けるようには思えないよ」

などと言うので、惟光はひどくうろたえる。自分さえしっかりしていれば、いくら光君が行くと言ってもこんなところにお連れ申したりしなかったと、気が気ではない。川の水で手を洗い浄(きよ)め、清水寺の観音さまにお祈りするが、それにしてもどうしていいのやら、惟光は途方に暮れる。光君はなんとか気持ちを奮い立たせて、心の中で御仏(みほとけ)に念じ、ふたたび惟光に介抱されながらなんとか二条院に帰り着いた。

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