夕顔 人の思いが人を殺(あや)める
だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。
なんとか気持ちを奮い立たせ
帰りの道中は、草にたくさん露が下りている上に、ひとしお濃い朝霧が立ちこめていて、光君は、どこともわからずにさまよっているような気持ちになる。昨夜、まだ生きていた女が横たわる姿や、互いに着せ掛け合って寝た自分の紅(あか)い着物が、女の亡骸に掛けてあったことを思い出し、自分たちにはいったいどんな宿縁があったのかと、道すがらまたしても考えてしまう。光君が馬にもしっかり乗れないほど衰弱しているので、また惟光(これみつ)が付き添っていくのだが、賀茂川堤のあたりで光君はついに馬からすべり落ちてしまう。ひどく具合悪そうに、
「こんな道ばたでのたれ死んでしまうのかもしれないな。とても帰り着けるようには思えないよ」
などと言うので、惟光はひどくうろたえる。自分さえしっかりしていれば、いくら光君が行くと言ってもこんなところにお連れ申したりしなかったと、気が気ではない。川の水で手を洗い浄(きよ)め、清水寺の観音さまにお祈りするが、それにしてもどうしていいのやら、惟光は途方に暮れる。光君はなんとか気持ちを奮い立たせて、心の中で御仏(みほとけ)に念じ、ふたたび惟光に介抱されながらなんとか二条院に帰り着いた。
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