まったくわけのわからない深夜の忍び歩きを見て、女房たちは、
「まったくお見苦しい。いつもより落ち着きなく、せっせとお忍び歩きなさっているけれど、昨日はずいぶんとご気分が悪そうでしたのに。どうしてこうもうろうろお出かけなさるのかしら」と嘆き合うのだった。
自分で言った通り、光君は夜になるとそのまま苦しみ続け、二、三日しかたたないのにどんどん衰弱してしまった。このことは帝の耳にも入り、ひどく心配して、病治癒のため、方々で絶え間なく、大騒ぎして祈禱(きとう)をさせた。祭や祓(はらえ)、加持祈禱、とにかくありとあらゆることを行った。この世に二人といないであろう、物の怪に魅入られても無理もない美貌の持ち主がこうした病状とあっては、やはり長生きはできないのかもしれないと、天下くまなく騒ぎとなった。
快方に向かいはじめた
そんなに重い病状でありながら、光君はあの右近を山寺から呼び寄せ、自分の寝室近くに部屋を用意した。惟光は気を動転させながらも、なんとか自身を落ち着かせ、主人を亡くして心細そうな右近の世話を焼き、面倒をみた。光君も、いくぶん気分のいい時は右近を呼んで用を言いつけるので、右近も、だんだん邸の勤めにも慣れてきた。悲しみの意を表してひときわ色の黒い喪服を着ている右近は、顔立ちはいいとはいえないが、とくに目立った欠点のない若い女房である。
「不思議なくらい短かったあの人との宿縁のために、私ももうこの世にはいられないのだろう。長年頼りにしてきたご主人を失って、あなたも心細いだろうと思うよ。それではあんまり気の毒だから、私が生きているあいだは万事面倒をみようと思っていたけれど、もうじき私もあの人のところへ行くようだよ、残念なことだけれどね」
と、光君はひっそりと言って、さめざめと泣く。今さらどうすることもできない姫君のことはさておいて、光君にもしものことがあったらたいへんなことだと右近は思う。
二条院の人たちは地に足もつかない様子でうろたえている。帝のお使いは雨脚(あまあし)よりも頻繁にやってくる。帝が心配し心を痛めていると聞くと、光君は畏れ多さになんとか元気を出そうとする。左大臣家でも懸命に奔走し、左大臣が毎日訪れては、医者や薬の処置を手配をする。
そんな甲斐(かい)あってか、二十日あまり、一向に快復することなく光君は臥せっていたが、これといって後もひかずに快方に向かいはじめた。その快癒と穢れの忌み明けがちょうど同じ夜だった。光君は、心配してくれた帝の気持ちが畏れ多くもありがたいので、その夜、内裏(だいり)の宿直所(とのいどころ)に参内した。退出すると左大臣が車を用意していて、光君を左大臣邸に連れ帰り、病後の謹慎についてこまかく言い聞かせる。光君はまだぼんやりとしていて、その後しばらくは、まるで別世界に生まれ変わったような気持ちでいた。
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