スカイツリーの下、深夜0時に開く謎の食堂の正体 気がつけば営業64年、82歳店主の自由すぎる運営
目まぐるしく働く毎日を過ごすうちに、時代は移り変わっていく。平成に入ると経済成長の勢いも陰りを見せ始める。妻が逝去したのを機に、竹之内さんは運営方針を転換した。食事メニューはカレーをメインに絞り、1人で店を切り盛りするスタイルにした。
営業時間も変えた。その頃になると客層が近くのタクシー運転手メインになっていたため、彼らが夜勤終わりに立ち寄れるようにと深夜2時(現在は深夜0時)から14時までの営業にした。休みは正月の1日と2日だけ。以降、現在までの30年以上、この営業スタイルでほぼ休みなく店を開けている。
常連さんの職種に沿った、独自のサービス
さらに、タクシー運転手が多いからこその、独自のサービスがこの店にはある。運転手たちのYシャツ類などを引き取り、代理でクリーニングに出してくれるのだ。
「仲介所みたいなもん。洗濯できたのを運転手が取りに来る。なかなか取りに来ない人もいるね。もう何十年やってるんだろう。最近はもう洗濯屋さんもだいぶなくなったね」
クリーニングも頼めて、胃袋も満たせる。深夜まで働くタクシー運転手にとって、どこかほっとできる拠点のような存在だ。取材をしていた日も、外に人の往来がほとんどなくなる時間帯になると、常連客が1人、また1人と来店してきた。その多くは、近くのタクシー会社に勤務する運転手たち。夜勤終わりにキクヤ食堂にやってきては酒を飲み、早朝の電車に乗って自宅へと帰るのが日課だという。
常連客の1人は話す。
「仕事が終わったらさ、酒飲むのが楽しいんだよ。俺もここに通って20年以上になるけどさ、ここがなくなったら本当に困るよ。自由にできるし、家ではできない話もできるのがいいんだよな」
タバコの煙があたりに漂い、世間話に花が咲く。今日はどんなお客さんを乗せたか、タクシーの売り上げがどうだったか、最近の保険料や年金事情などの話し声が、夜通し店内に響き渡る。今では世の中のルールや価値観が変わり、禁煙の店が増えているが、キクヤ食堂は昭和の頃から変わらず喫煙可である。ここには夜に働く人たちの確かな息遣いがある。
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