「母の不幸は私のせい」親を背負い続けた末路 「いい子」「いい母」をやめると見えてくるもの

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また、『親といるとなぜか苦しい』では、著者のアドバイスのもとで「精神的に未熟な親」との関係を克服してきた人たちの実例が紹介されています。著者は相談者に、「母親から距離をとって観察してみること」をすすめます。これが、今まで母親に支配されたり、過去のわだかまりから親に不毛な戦いを挑んだりしてきた人にとって、ものすごく重要な第一歩となるのです。

「距離をとって観察する」というのは、いうなれば「視野を広げるための作業」です。つまり、母親から距離をとって観察することで視野が広がると、今までとは違う視点で母親を捉え直すことができる。ここで初めて「善か悪か」の二元論を乗り越え、母親との関係を克服する扉が開かれるというわけです。

まず「今の苦しみの原因」を自覚することから

しかし厳密にいえば、「距離をとり、観察する」の前に1つ、欠かせない段階があります。それは、「お母さんが精神的に未熟であったから、今、自分はいろいろな苦しみを抱えているんだ」と気づくこと。実は母親との関係に起因する問題を抱えている多くの人が、そのことに無自覚なのです。

それどころか、母親に対する義務感、責任感、罪悪感などにさいなまれてきた人が大半です。「お母さんはかわいそうな人だから、自分がもっと助けてあげなくちゃいけない。もっと尽くさなくてはいけない。自分がこんな人間だから、お母さんは不幸なんだ」――と。本来ならば、十分に助けられ、尽くされるべきは幼少期の自分自身であったはずなのに、母親が精神的に未熟であるばっかりに、逆に自分が親の存在を背負い込んでしまっているわけです。

ですから、まず自分で自分に刺している矢を引き抜き、「むしろ原因はお母さんのほうにあるのでは?」という視点の逆転を起こすことが本当の第一歩。その次に、実際に問題を克服する方法として、「母親から距離をとり、観察することで、視野を広げ、今までとは違った視点で母親を捉え直す」という段階があります。

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