ロシアの民間軍事会社ワグネル社の指導者エフゲニー・プリゴジン氏が2023年6月23日に起こした武装反乱事件はわずか2日間、プリゴジン氏がプーチン政権に屈服する形でスピード決着した。プーチン氏にとって、2000年の政権発足以来最大の政治的危機となったこの事件発生はどのような意味を持つのか。事件の背景と今後への影響について考えてみた。
今回の事件で多くの関心は武装反乱の顛末に集まった。しかし、本稿筆者にとって最大の衝撃は、侵攻に際しプーチン氏が掲げた大義が、ショイグ国防相ら軍部がでっち上げた偽りのものだったと暴露したプリゴジン発言だった。
プリゴジン「プーチンの大義はでっち上げ」
主な内容は、①ウクライナと北大西洋条約機構(NATO)はロシアを攻撃する計画はなかった、②特別軍事作戦の最大の目的はショイグ国防相が元帥の称号を得ることだった、③ウクライナの親ロ派財閥のメドベチュク氏をゼレンスキー氏に代わって大統領に据えるのも目的だった、④ショイグ氏とゲラシモフ参謀総長がプーチン氏に偽りの報告をしていた、というものだ。
この発言の真偽について現時点で確認する術もないが、政権内部から「偽りの大義」説が飛び出したのは初めてだ。プリゴジン氏は2023年4月末から、ウクライナ軍への苦戦を公言し始めていたが、今回の武装反乱はプーチン氏に対し、大義もなく、勝てる見込みもない侵攻作戦の中止を求めた事実上の戦争停止要求と言える。
ウクライナ軍が始めた反攻作戦に対し、ロシア軍が懸命の防戦を余儀なくされている中、プーチン氏は子飼いの部下から不服従の意志を突き付けられたことを意味する。スピード収拾したとは言え、プーチン政権の屋台骨が一層揺らいでいることを露呈した事件だった。
このプリゴジン発言を受けて本稿筆者の頭に浮かんだ言葉がある。「断層」である。
最近ロシアでは、このプリゴジン発言のような一刀両断ほどではないにせよ、これまで侵攻を煽り、賛美してきた政権派の有力者の中から、侵攻継続の正当性に対する疑問の声が相次いで噴出していた。大きな一枚岩のようだったプーチン政権の「地盤」の表面に、戦争継続への反対論という1本の「断層」がじわじわ伸びるように、表面化していたのだ。
つまり、プリゴジン氏の今回の反乱は、何の文脈もないところで突然起きた、特異な「事件」ではなく、こうした断層に沿って発生した政治的「地震」のようなものなのだ。
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