58歳で特命部長の彼が失意の中で回顧した青春 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(5)

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「あっ、流れ星」

村下が声を上げる。

指された方角へ顔を向けるも、すでに流れ星は消えていた。

「うわー、願いごとするの忘れたー」

頭を抱える村下に、巣立の姿が重なった。

「高校時代の親友も、そのおまじないを本気で信じてたよ。練習帰りに陸橋の上で空を眺めていたら、ちょうど星が流れてな」

「その人、何を願ったんすか」

「流れ星が見たい」

「マジすか」

巣立の迷言に、村下は目を丸くした。

「本人曰く、流れ星を見たいあまり、肝心の願いごとを考えるのを忘れてたらしい」

「最高っすね」

村下の見開いた目が、三日月みたいになった。

「最高の仲間だよ」

村下と別れ、駅に向かうバスに乗り込む。バスの揺れに合わせ、疲れが全身に覆い被さる。気力も体力も、とっくに限界を超えていた。それでもこの任務から降りなかったのは、もちろん降りられる立場ではないことが大きいのだけれど、どこかでこう思ったのだ。定年まで2年、最後に1つくらいは成し遂げてみたい。この困難を乗り越えれば、今更かもしれないが、自ら輝ける恒星になれるのではないか、と。

「こっちには会社を儲けさす義務があるんですよ」

社長室と記されたドアを開けると、革張りの椅子に男が座っていた。歳は40代半ばくらい。皺一つないグレーのスーツを着て、銀縁眼鏡の奥の瞳には、神経質さをにじませている。

「あなたが役所の担当者?」

彼は、値踏みするように一瞥した。答えようとした私を手で制し、続ける。

「通知のとおり、屋上の賃貸契約の話は白紙ということで」

「そこをなんとか」

なぜこんなことに。私は混乱したまま、頭を下げた。

計画は順調だった。しかし土壇場になり、資材高騰のため工事費用が概算より大幅に上回る、という一方的な通達が業者から届いた。1年がかりの予算調整は水の泡となった。そのため、各所との再調整に手こずり、工事の開始が大幅に延期された。

誤算は、延期している間に、駅前ビルのオーナーが亡くなったことだ。しかも先代に代わり社長に就任した息子が、「倍の賃料が払えないなら、屋上は他に貸し出す」という到底無理な条件を突きつけてきた。

「プロジェクトは、屋上であることにも意味があるんです。先代も、『このビルが皆さんを笑顔にできるなら』と快諾してくださいました。その約束を果たす義務が、私にはあります」

もう一度、頭を下げた。

「こっちには会社を儲けさす義務があるんですよ」

苛立った声が室内に反響する。

「ですが、空いていた屋上を有効利用するというのは、私共のアイディアなのでは」

「誰のアイディアかなんて、どうでもいいでしょう」

社長はバツが悪そうに口の端を歪めた後、「公園にプラネタリウム? そんな子供騙しのために、大事な屋上を貸そうとするなんて。親父も呆けちまったんだろな」と吐き捨てた。

「そんな言い方……」

「だいたい、夜空なんか価値ないでしょ。星が代わりに金を稼いでくれるんですか?」

彼は鼻で笑い、プロジェクトの資料をゴミ箱に放り込んだ。

「ほんと役所がやることなんてろくなものがない。あんたらの思い出作りに付き合うほど、こっちは暇じゃないんだ」

「そこをなんとか」

私は膝を折り、額を絨毯につけ、土下座の姿勢をとった。

「私からもお願いします」

声がして後ろを見上げる。村下がいた。

「なんでここに……」

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