「あっ、流れ星」
村下が声を上げる。
指された方角へ顔を向けるも、すでに流れ星は消えていた。
「うわー、願いごとするの忘れたー」
頭を抱える村下に、巣立の姿が重なった。
「高校時代の親友も、そのおまじないを本気で信じてたよ。練習帰りに陸橋の上で空を眺めていたら、ちょうど星が流れてな」
「その人、何を願ったんすか」
「流れ星が見たい」
「マジすか」
巣立の迷言に、村下は目を丸くした。
「本人曰く、流れ星を見たいあまり、肝心の願いごとを考えるのを忘れてたらしい」
「最高っすね」
村下の見開いた目が、三日月みたいになった。
「最高の仲間だよ」
村下と別れ、駅に向かうバスに乗り込む。バスの揺れに合わせ、疲れが全身に覆い被さる。気力も体力も、とっくに限界を超えていた。それでもこの任務から降りなかったのは、もちろん降りられる立場ではないことが大きいのだけれど、どこかでこう思ったのだ。定年まで2年、最後に1つくらいは成し遂げてみたい。この困難を乗り越えれば、今更かもしれないが、自ら輝ける恒星になれるのではないか、と。
「こっちには会社を儲けさす義務があるんですよ」
社長室と記されたドアを開けると、革張りの椅子に男が座っていた。歳は40代半ばくらい。皺一つないグレーのスーツを着て、銀縁眼鏡の奥の瞳には、神経質さをにじませている。
「あなたが役所の担当者?」
彼は、値踏みするように一瞥した。答えようとした私を手で制し、続ける。
「通知のとおり、屋上の賃貸契約の話は白紙ということで」
「そこをなんとか」
なぜこんなことに。私は混乱したまま、頭を下げた。
計画は順調だった。しかし土壇場になり、資材高騰のため工事費用が概算より大幅に上回る、という一方的な通達が業者から届いた。1年がかりの予算調整は水の泡となった。そのため、各所との再調整に手こずり、工事の開始が大幅に延期された。
誤算は、延期している間に、駅前ビルのオーナーが亡くなったことだ。しかも先代に代わり社長に就任した息子が、「倍の賃料が払えないなら、屋上は他に貸し出す」という到底無理な条件を突きつけてきた。
「プロジェクトは、屋上であることにも意味があるんです。先代も、『このビルが皆さんを笑顔にできるなら』と快諾してくださいました。その約束を果たす義務が、私にはあります」
もう一度、頭を下げた。
「こっちには会社を儲けさす義務があるんですよ」
苛立った声が室内に反響する。
「ですが、空いていた屋上を有効利用するというのは、私共のアイディアなのでは」
「誰のアイディアかなんて、どうでもいいでしょう」
社長はバツが悪そうに口の端を歪めた後、「公園にプラネタリウム? そんな子供騙しのために、大事な屋上を貸そうとするなんて。親父も呆けちまったんだろな」と吐き捨てた。
「そんな言い方……」
「だいたい、夜空なんか価値ないでしょ。星が代わりに金を稼いでくれるんですか?」
彼は鼻で笑い、プロジェクトの資料をゴミ箱に放り込んだ。
「ほんと役所がやることなんてろくなものがない。あんたらの思い出作りに付き合うほど、こっちは暇じゃないんだ」
「そこをなんとか」
私は膝を折り、額を絨毯につけ、土下座の姿勢をとった。
「私からもお願いします」
声がして後ろを見上げる。村下がいた。
「なんでここに……」
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