「現実は変わりませんよ?」
二美子が五郎との結婚を意識しはじめたのは最近の事である。今年二十八歳になる二美子はこれまでも「結婚はまだか?」「いい人はいないのか?」と函館に住む両親から何度も催促されていたが、二十五歳になる妹が、去年結婚をしてからは両親の催促はさらにひどくなり、一週間に一度はメールが届くようになった。二美子には妹の他に二十三歳の弟がいるのだが、弟は地元でできちゃった婚をしていたので残るは二美子だけである。
二美子は結婚にあせりを感じてはいなかったが、妹の結婚は少なからず二美子の意識に変化をもたらし、五郎となら結婚してもいいと思うようになっていたのである。
平井がヒョウ柄のポーチからタバコを出し、事務的に、
「ちゃんと説明してあげたほうがいいんじゃない?」
と言いながら火を付けた。数は「そうですね」と抑揚のない声で返事をすると、カウンターをぐるりと回って二美子の前まで歩み出た。数はまるで泣く子供をなだめるような優しい目で二美子を見た。
「あのですね、よーく聞いてくださいね」
「な、なに?」
二美子は緊張した。
「戻れます、確かに戻れるんですけど……」
「けど?」
「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わりませんよ?」
二美子は不意に聞かされた「現実は変わりません」の意味が呑み込めず、思わず「え?」と大きな声で聞き返していた。
数は冷静に説明を続ける。
「あなたが過去に戻って、その、アメリカに行った彼氏に本当の気持ちを伝えても……」
「伝えても?」
「現実は変わらないんです」
「え?」
聞きたくない、と二美子は必死に耳をふさいだが、数はさらりと一番聞きたくないセリフをはいた。
「彼がアメリカに行く事は変わりません」
二美子の全身がわなわなと震えだす。だが、数は非情なまでにたんたんと説明を続けた。
「あなたが過去に戻って彼に行ってほしくない! と素直に訴えたとしても、気持ちは伝わるかもしれませんが、現実はなにも変わりません」
情け容赦ない数の言葉に、二美子は思わず、
「そんなの意味ないじゃないですか!」
と、大きな声で抗議していた。
「逆ギレしてもしょうがないじゃない」
平井はこうなる事がわかっていたかのようにタバコをふかしながら、冷静に突っ込んだ。
「なんで?」
二美子はすがるような目で数に言った。
「なんでって言われましても」
二美子の疑問に数は簡潔に答えた。
「……そういうルールですので」
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