通常、映画や小説のタイムトラベルものでは「過去に戻って現実に影響を与えるような干渉をしてはいけない」というルールがある。たとえば、過去に戻って両親の結婚、または出会いを邪魔した場合、自分が生まれる原因がなくなってしまうので、現実の自分は消えてしまう事になるからだ。
これは多くのタイムトラベルもので扱われている一般的な定義であり、もちろん二美子も「過去を変えれば、現実は変わる」という定義を信じる一人だった。だからこそ、過去に戻ってもう一度やり直そうと思ったのだ。
だが、それは叶わぬ夢となった。
二美子は「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わらない」という信じられないルールに納得のいく説明がほしかった。それを数は「そういうルールですので」という一言ですませてしまった。意地悪で教えないとか、難解すぎて説明できないのではない。ただ、そういうルールなのだ。理由は数にもわからないのだろう。涼しい顔がそう物語っていた。
平井は二美子の顔を見ながら嬉しそうに、
「残念でした!」
と言うと、タバコの煙を気持ちよさげに吐き出した。平井は二美子が説明を始めた時からこの決め台詞を言うために待っていたのだ。
「そんな……」
全身から力が抜けていく。二美子はヘナヘナと椅子に座り込みながら、雑誌に紹介されていたこの喫茶店の記事を今になって鮮明に思い出した。
記事は、〈都市伝説として有名になった「過去に戻れる喫茶店」の真相に迫る〉という見出しで始まり、おおよそ以下のような内容だった。
喫茶店の名前はフニクリフニクラ。過去に戻れるという事で連日長蛇の列ができるほど有名にはなったが、実際に過去に戻れた者は皆無に等しい。なぜなら、過去に戻るためのめんどくさい、非常にめんどくさいルールが存在していたからだ。
目的によっては「過去に戻っても意味がない」
まず一つ目のルールは「過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない人には会う事ができない」という事。なので、目的によっては「過去に戻っても意味がない」という事になる。
もう一つのルールが「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わらない」というもの。なぜ、このようなルールが存在するのか、という問いに店側からは「わかりません」という回答しか得られなかった。
しかも、取材中、実際に過去に戻ったという人物を見つける事はできなかった。
つまりは、この喫茶店で実際に過去に戻れるかどうかはわからない。仮に戻れたとしても、現実を変える事ができないのなら、まったく意味がないのではないだろうか? 都市伝説としてはおもしろいが、存在に意味を見出せない。記事ではそう結論づけられていた。
記事には補足として、他にも過去に戻るためにはいくつかのルールが存在するらしいが、詳細は不明、とも書かれていた。
気がつくと、平井が二美子のつっぷすテーブルの向かいに座って、その他のルールを嬉々として説明していた。
二美子はというとテーブルにつっぷして、目の前のシュガーポットを見つめながら、なんでこの店は砂糖が角砂糖じゃないのかしら? とぼんやり考えながら聞いていた。
「これだけじゃないのよ。過去に戻れるのはこの喫茶店のある席に座った時だけでしょ? 過去に戻ってもその席からは移動できないでしょ……」
平井は五本目の指を折り曲げながら、
「あとなんだっけ?」
と、数に問いかけた。数はグラスを拭きながら、
「制限時間があります」
と、こちらも見ずに、独り言のように付け足した。
「制限時間?」
二美子は思わず頭をあげて数に聞き返したが、数は少しほほえんでうなずいただけだった。
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